映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「笹の舟で海をわたる」角田光代

2017年10月05日 | 本(その他)
過去から問い詰められる自分

笹の舟で海をわたる (新潮文庫)
角田 光代
新潮社


* * * * * * * * * *

朝鮮特需に国内が沸く日々、坂井左織は矢島風美子に出会った。
陰湿ないじめに苦しむ自分を、疎開先で守ってくれたと話す彼女を、
しかし左織はまるで思い出せない。
その後、左織は大学教師の春日温彦に嫁ぐが、
あとを追うように、風美子は温彦の弟潤司と結婚し、
人気料理研究家として、一躍高度成長期の寵児となっていく…。
平凡を望んだある主婦の半生に、壮大な戦後日本を映す感動の長篇。
「本の雑誌」2014年第1位。


* * * * * * * * * *

夫と死に別れ、子どもたちは独立。
住み慣れた家を処分して何処かへ移り住もうとする左織が、
ほとんど戦後日本史と共に歩んだに等しい自らの半生を振り返ります。
しかしそれは彼女一人の道ではありません。
友人であり義理の妹でもある風美子と歩んだ道であったと言ってもいい。
しかし、それは左織にとってなくてはならないけれど、
複雑で苦くもある関係・・・。


左織が風美子と会ったのはまだ独身の頃。
風美子が街かどで声をかけたのです。
あの疎開先で一緒にいた左織さんでしょう?と。
左織には全く覚えがなかったのですが、
風美子は陰湿ないじめを受けていた自分に左織だけが優しくしてくれた、というのです。
そのことにも全く覚えのない左織ですが、
風美子が非常に親しげに擦り寄ってくるので、いつの間にか実際親しい仲になっていった。
やがて、左織が結婚、
そして左織の夫の弟と風美子が結婚したことで2人は義理の姉妹となり、
ますます親しく、家族ぐるみの付き合いになっていきます。
ある時、風美子が疎開時の記憶を詳細に話したことによって、
左織の記憶も蘇っていきます。
あの時、自分の班にもいじめはあり、
左織自身も自分が標的になることを恐れて、いじめに加担したのだった・・・ということ。
思い出したくないから、忘れていたのかもしれません。
風美子とは別の班だったので、風美子をいじめていたわけではないはずだけれど・・・
しかし、左織は風美子が過去の仕返しをするために
自分に近づいたのではないか、との思いに駆られるのです・・・。


・・・というのが本筋ではありますが、
左織の夫のこと、娘や息子との関係のこと・・・、
それは、はたから見れば、幸せな家族なのかもしれないけれど、
そして実際そういう時期もあったのですが、
その実態は決して充足したものではない。
・・・いわば、大海に笹の舟で漕ぎ出すような
寄る辺なく頼りない自分自身を見出していくのです。


私、以前から角田光代さんを「怖い人」だと思っていました。
本作を見て、またその思いが強まってしまいました。
なんというか、この左織の人生の中に
どこか私自身のダメなところ、弱いところ、
見つめるのが嫌だからあえて深く考えないでいるようなところと
重なる部分があるのです。
そこを著者は、ズルズルと引き出して晒しだすので、
なんだかつらい気がしてしまう。
だから私はこの著者が怖い。
角田光代さんは、そういう心の奥底の暗がりを、
「物語」という形で浮き上がらせる・・・
そういった力が非常に強い方なのだろうと思う次第。


終盤、左織が風美子との関係で思い至る部分にこんな記述があります。

「この人が近くにいるかぎり、貧しく異様な過去は消えずに背中に覆いかぶさっている。
いつもこの人が思い出させる。
忘れることを許さない。
力を持っただれかに媚びて、考えることを放棄して言いなりになり、
事態を思考停止で傍観し、
もしかしたら力の弱いだれかを死に追いやったかもしれない。」

それは左織が疎開の地で「力を持った誰かに媚びた」話なのですが、
なんだか、自分では何も考えず政府の言いなりになっている
庶民の話でもあるように思えてなりませんでした。

※川本三郎「物語の向こうに時代が見える」掲載本

図書館蔵書(単行本)にて
「笹の舟で海をわたる」角田光代 毎日新聞社
満足度★★★★★


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