「ヒッグス粒子の発見と素粒子物理学の発展」(4月19日開催)
東京大学素粒子物理国際研究センター・駒宮幸男センター長
素粒子と宇宙
東京大学素粒子物理国際研究センター・駒宮幸男センター長
物質は分子でできている。たとえば水の分子は、酸素の原子に水素の原子が二つくっついてできている。そして原子の中心には、陽子と中性子でできた原子核があり、その周りを電子が回っている。
これ以上は分けられない素粒子と思われていた陽子と中性子は、さらに小さい粒のクォークでできていることがわかった。アップクォーク(uクォーク)、ダウンクォーク(dクォーク)の2種類があり、これと電子で、私たちの周りの物質はできている。
図1
実験で調べていくと、uクォーク、dクォークのほかにも、兄弟分のクォークがみつかった。電子は、その仲間のニュートリノも確認され、これらをまとめてレプトンと呼んでいる。いずれも「第1世代」から「第3世代」までの三つのグループに分けられている。これらが、物質を構成する素粒子だ(図1)。
これとは別に、粒子と粒子の間に働く力を担っている素粒子がある。力には、「重力」「電磁力」、素粒子の世界でしか働かない「強い力」「弱い力」がある。これらの力を伝えるのが、ゲージ粒子と呼ばれる素粒子だ。
離れた2隻のボートに乗った人どうしがキャッチボールをすると、ボートはどんどん離れていく。つまり、ボートの間には互いを遠ざける「斥力」が働いている。ゲージ粒子は、この「斥力」を媒介するボールのような役割を果たしており、これまでに4種類みつかっている。
素粒子と宇宙は、関係がとても深い。我々は、小さな粒子を加速する「加速器」という装置を使った実験で、初期の宇宙の姿を探ろうとしてきた。
宇宙は膨張している。1929年に米国の天文学者ハッブルが発見し、宇宙には始まりがあって進化していることが示された。その始まりが、138億年前のビッグバンで、非常に高温高圧な状態だったと考えられている。時代をさかのぼってそのころにできるだけ近づこうとするのが、加速器による実験だ。
宇宙には、不思議なことがたくさんある。我々が知っている原子は、全部あわせても、宇宙全体の質量の5%足らずにしかならない。そのほかは、正体不明の暗黒物質や暗黒エネルギーだ。暗黒物質は、銀河の成り立ちに深く関わっていると考えられており、これらの理解は、素粒子物理学の発展に欠かせない。
ヒッグス粒子の発見
素粒子物理学の歴史をひもとくと、1897年の電子の発見から始まる。原子核が見つかったのは、1911年だ。
1974年11月にJプサイ中間子と呼ばれる粒子がみつかり、クォークとレプトンが物質を構成しているということが、より明確になった。素粒子物理学の「11月革命」と呼ばれている。これに先だち、クォークが3種類しかないと考えられていた時代に、6種類あると理論的に予言したのが、ノーベル物理学賞を受賞した小林誠、益川敏英両博士だ。11月革命以降、クォーク、レプトンやゲージ粒子が次々とみつかり、残すは質量の起源となる「ヒッグス粒子」のみとなった。
質量とはなんだろうか。重い物体は動かしづらく、軽い物体はすぐに動く。質量は、このような「物の動きにくさ」を示す指標だ。
宇宙の初期には、すべての素粒子の質量はゼロで、光の速度で飛び回っていた。宇宙が膨張して冷えてくると、ヒッグス粒子が真空を満たしたと考えられている。素粒子がヒッグス粒子と相互作用すると、ブレーキがかかって光速では走れなくなる。この動きにくさが、質量を持ったということを意味する。ブレーキのかかり具合で、質量の大きさが決まってくる。
ヒッグス粒子を発見したのは、スイス・ジュネーブ郊外にある欧州合同原子核研究機関(CERN)の大型ハドロン衝突型加速器(LHC)だ。地下100メートルに、JR山手線サイズに匹敵する全長27キロ・メートルの環状加速器が設置されている。
図2
加速器の原理はシンプルで、電場によって加速させた粒子を、磁場で軌道を曲げて衝突させる(図2)。LHCでは、陽子どうしを逆方向に加速させて正面からぶつける。ただ、陽子は、様々な粒からできている複合粒子なので、反応が複雑だ。そのため、衝突でできた粒子をすべて捕捉できる高い技術の検出器が必要となる。
そのひとつが、日本のグループ110人も参加しているATLASという検出器。高さは、7階建てのビルに匹敵する44メートルにもなる。LHC実験では、ATLASなどを使って、ヒッグス粒子が崩壊する過程でできたとみられる光子やミュー粒子などの素粒子を次々と調べていった。そうして得たデータが理論と矛盾していないか、データは不足していないかといった検証を重ね、昨年7月、ヒッグス粒子の発見に間違いないということになった。
ヒッグス粒子発見の意義は何か。それは、クォークでもレプトンでもゲージ粒子でもない、まったく新しいタイプの粒子をみつけたということだ。ヒッグス粒子を詳しく調べていくことは、現在の「標準理論」を超える有力な理論である「超対称性理論」につながる。
ILCでヒッグス粒子解明
図3
ヒッグス粒子の性質を調べる鍵となるのが、約30キロ・メートルの直線状の加速器で電子と陽電子を衝突させる計画の「ILC」(国際リニアコライダー)だ(図3)。
電子と陽電子を衝突させる円形の加速器はこれまでにもあったが、電子を磁場で曲げるときにエネルギーが失われる欠点があった。ILCは、直線にすることでこの欠点を補おうとするものだ。昨年末には設計書も完成した。
日本では、北上山地(岩手、宮城県)、脊振(せふり)山地(福岡、佐賀県)が建設候補地に挙がっており、産学官連携による誘致の取り組みを進めている。設計書もでき、いまは欧米、日本の政界や産業界のサポートもある。今後2~3年が、日本に誘致する千載一遇のチャンスだろう。
ILCを日本に誘致した場合の予算はどうなるのか。建設費の負担は、国民1人あたり年間でラーメン1杯程度に収めたいと思っている。こうした大型の研究計画は、国民の理解があってこそ実現できる。
素粒子研究は、社会の役に立たないだろうという意見がある。だが、宇宙や素粒子の研究がもたらした技術は多い。たとえば、アインシュタインの一般相対性理論を証明するためにつくられた正確な原子時計は、カーナビなどに利用される全地球測位システム(GPS)につながった。加速器技術の進展は、医療用技術などのコストダウンにもつながる。
ヒッグス粒子発見をきっかけとした新しい物理学を切り開くには、精密な実験が可能なILC建設は必須だ。我が国への誘致が国際的にも期待されている。
駒宮幸男
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1976年東京大学理学部物理学科卒。独ハイデルベルク大学物理学研究所研究員などを経て、2000年から現職。
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(※図は駒宮センター長提供)
【質疑応答】
Q ILCの具体的な金額、建設に必要な日本の技術力は。
A 建設費の見積もりは約8000億円。たとえば、日本が半分を負担し、建設期間が10年とするとラーメン1杯の計算となる。建設に必要な超伝導加速空洞といったものの生産は可能だが、完成までもう一歩の技術もある。
Q ヒッグス粒子にも、何種類もあると聞いたが。
A 標準理論では1種類だが、超対称性まで理論を拡張すると、プラス、マイナスの電荷を持つヒッグス粒子など最低5種類はあると予想されている。
◇知の拠点セミナー 全国の国立大学が共同で利用する研究拠点の成果を一般向けに紹介する連続講座。毎月1回、東京・品川で開いている。日程や参加申し込みは、セミナーのホームページへ。
(2013年5月2日 読売新聞)
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2013.12.28 07:00