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山里に生きる道草日記

過密な「まち」から過疎の村に不時着し、そのまま住み込んでしまった、たそがれ武兵衛と好女・皇女!?和宮様とのあたふた日記

正史から消された歴史の発掘 東北古代王朝

2012-02-28 00:18:07 | 読書
 「征夷」から見た歴史と「蝦夷(エミシ)」から見た歴史とでは、ずいぶん違う。
 というより、ヤマトを脅かすほどの蝦夷の旺盛な歴史があったことを削除されていたことを知らなすぎた。

 津軽・青森を中心に古代から近世にかけて先住民の国があったことを示す『東日流外三郡誌(ツガルソトサングンシ)』という古文書があることすら知らなかった。
 その内容の真偽は議論のあるところだろうが、勝てば官軍の歴史図絵に踊らされている現実があるのは間違いない。

 古事記・日本書紀の神話に疑問なく慣らされる。
 「国家神道」のお墨付きを得た「伊勢神道」が勝利者になることで、他の多様な神道は壊滅的な打撃を受け、現在に至る。
 先住していた出雲派は山岳へと逃げ延びたり、妥協したり。
 その流れを汲んでいた「大本教」は、不敬罪で治安維持法にからめとらわれる。

 オイラはまったくの無神論者だが、縄文時代の自然崇拝は納得がいく。
 現状や過去の神道の限界・固陋はともかく、もともとの原点である自然崇拝を現代的に見直すときが来ていることは確かだ。
 それだけの自己改革の力が今の神道にあるとはとても思えないが、地球は人間に自然への敬虔さを求めている。
 森を壊滅させた古代文明は同時に崩壊したが、森の国日本は、その恵みと共に生きてきた。
 その心意気が21世紀を変革する。
東北大震災で世界を感動させた被災者の「静かな尊厳」はそうした文脈にある。
コメント
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