慶喜

心意気
「明日迄の命の気持ちで、人生を!」
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『死にたい=生きる希望が欲しい』『看取る=生き遺される』

2024年08月08日 | 医療
🌸「暗いトンネル」を抜けて2

「死にたい」とは「生きる希望がほしい」ということ
 ☆「受容できない死」で言えば、ALSの患者さんに対する
 *嘱託殺人事件による打撃が大きい
 ☆ALSの患者さんも、日々ALSに向き合う医者も
 *皆あの事件とそれを取り巻く社会の反応には打ちのめされた
 *患者さんがどんなに死にたいと言ったところで
 *それは「よりよく生きたい」という希望の裏返しに過ぎない
 *「死にたい」という想念をそのまま「死んで楽になりたいの」と
 *受け取る者の中に、医者が含まれた時点で完全な敗北である
 ☆患者の「死にたい」という言葉は「よりよく生かしてくれ」の意味
 *強烈なSOSであり、非難であり、抗議であり
 *生かしてその人の苦痛を遠ざけなければ
 *その救援要請に応えたことにならない
 ☆患者は、最上級で「治せ、生きる希望を与えろ」と発しているのだ
 *あの報道が出た時、現場では、患者さんも医者も踏ん張った


⛳自己実現に「身体」は必要か
 ☆身体が自由自在に動かせないという理由で
 *自己実現から隔絶された時代はとうに終わっている
 *「寝たきりになるなら死を与えてあげないとかわいそう」の発想
 *時代錯誤もいいところなのだ
 ☆ALSでは患者さんはやがで呼吸不全に至る
 *呼吸器をつけなければ生命を維持できない
 *その時までの全経過は平均で3年である
 ☆そう遠くない死は避けられない
 *そのような段階にあるALSだとしても
 *患者さんはネットニュースをくまなく読み込む力を持っている
 *現代のネット環境は、人間にそのような力を与えているのだ
 *買い物もゲームも友人とのおしゃべりも仕事もネットでできる
 ☆「安楽死を受けようと思う」という宣言に
 *承認が集まる風潮があるがその発言の真意は
 *死にたいほどの苦境を生き延びていることへの
 *賞賛を期待してのものではないのか
 ☆医者も看護師も、病気のまっとうな経過で
 *当然予測される患者さんの死去であれ、受け容れられないのだ
 *全ての病気を治したい、すべての苦痛を取り除きたい
 *すべての不安を癒したい 一人一人の死など、到底許容できない

看取るということは「生き遺される」ということ
 ☆医者と患者さんの関係は、修理請負人と依頼主の契約とは異なる
 ☆人間関係以外のなにものでもない
 *闘病の末の避けられないご臨終であっても
 *患者さんが遺された思いを汲み取り
 *次の診断・治療になんらかの知恵を活かすことができなければ
 * 一人一人の死を乗り越えることができない
 ☆誰かを看取るということは、誰かに生かされるということなのだ
 *生かされた側は、故人の遺志を引き継ぐとか
 *故人の死から学ぶという意義付けを持たなければ
 *その死を乗り越えることができない
 ☆報道でまだ若い才能の自死を知る、病苦を嘆いた自死を知る等
 *あらゆる死が、事件として報道される
 *そうした悲報に接した時から、彼らに生かされ始める
 ☆喪失に絶望し、なぜ彼らを救えなかったのか
 *なにかできることはなかったのかと苛まれる
 *サバイバーズ・ギルト(生き遺された者の罪の意識)も生じる
 ☆特別な知り合いではなくても
 *死者からのそのバトンは受け取るべきだ
 ☆生きていくということは、亡くなった人に
 *取り残され、譲り渡され、生かされている
                        (敬称略)
⛳知識の向上目指し、記事を参考に自分のノートとしてブログに記載
⛳出典内容の共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介
 ☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します
⛳私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
⛳投資は、自己責任、自己満足、自己判断で
⛳詳細は、出典原書・記事・番組・画像でご確認ください
⛳出典、『死の医学』





『死にたい=生きる希望が欲しい』『看取る=生き遺される』
(ネットより画像引用)

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