中小企業診断士の独り言

中小企業や商店街を支援している中小企業診断士のブログ

横浜元町ショッピングストリートのハロウィン

2014-11-03 14:38:35 | 日記
横浜元町ショッピングストリートのハロウィン
横浜元町地域は、1859年の横浜開港までは半農半漁の村落ででした。1860年2月の横浜開港に伴って立ち退いた旧横浜村住民がこの地に移住したことで「横浜元町」と呼ばれるようになりました。明治維新の頃には外国人向けの商店街として栄えるようになりました。開港後の山下町に外国人居留地が、山手に山手居留地がそれぞれ設けられ、両地区を結ぶ場所にあった元町の通りは、居留者らが日常的に多く行き交うところとなり、外国人を相手にした商売が盛んに行われるようになりました。明治時代の初期の頃には居留者がさらに増え、インターナショナルスクールの開校や、当時は日本には珍しい喫茶店やベーカリー、洋服店、洋風家具店などが軒を連ね、文明開化を支えた。これが今の元町商店街の原型となりました。
1970年代には、当時流行していたファッションスタイル「ニュートラ」に対抗する「ハマトラ」(横浜トラディショナルの略)というスタイルが同商店街のキタムラ、ミハマ、フクゾーなどにより生み出されるなど、独自の文化を主張するエリアの一つとなりました。
モトマチ・ハロウィン
毎年10月31日に開催され、仮装した大勢の子供たちが元町ショッピングストリートに集まります。店舗の従業員も仮装して、子供たちにお菓子をプレゼントします。







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横浜馬車道商店街

2014-11-03 14:37:14 | 日記
横浜馬車道商店街
 幕府は横浜を開港させると「吉田橋」に関門を設け、その初めにできた関門に開港場側から至る道が馬車道でした。本町通りを過ぎると万国橋通り、首都高を越えると伊勢佐木町通りへ、馬車道の周辺地域も馬車道と呼ばれている。
煉瓦で舗装された道や実際にガスを燃やしているガス灯の街路灯など、当時の面影を感じさせる物が設置されており、横浜には「日本初」というものが多く見られます。横浜港に直結していた馬車道は、明治時代、日本の外国文化への玄関口であり、特に多く存在しています。
アイスクリーム(旧暦 1869年(明治2年)5月9日)
「町田房蔵」が馬車道通りに開いた「氷水屋」で製造・販売したものが初とされている。
日本アイスクリーム協会が毎年5月9日を「アイスクリームの日」とし、地元商店街は来訪者に「馬車道あいす」 を無料配布している。
ガス灯(1872年10月31日(旧暦 明治5年9月29日))
明治3年、高島嘉右衛門が中区花咲町にガス会社を設立し、明治5年に神奈川県庁付近と大江橋から、馬車道、本町通りまでのおよそ600メートルの街路に、ガス街灯十数基を点灯させました。
近代街路樹(1867年(慶応3年))
近代街路樹のはじめは、1867年(慶応3年)に馬車道の各商店が、通りに沿って柳や松を植えたのが始まりと言われています。
写真は、馬車道祭り アートフェスタ2014 10月31日から11月3日まで






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プロフィール

東京都江東区生まれ 中小企業診断士 商店街支援、小売業・飲食業・サービス業診断 創業診断、 2014年02月 中華そば Kちゃん診断 2回 ミラサポ 2014年02月 有限会社清算 清算人 6月まで 2014年03月 ONの橋商店街診断 2014年04月 全国商店街支援センター よろず相談アドバイザー (現 任) 2014年06月 亀戸K事業協同組合診断 2014年07月 亀戸K通り会商店街診断 2014年07月 製造小売菓子店経営診断 江東区 2014年09月 飲食店経営診断(中華・日本そば・インド料理) 2014年09月 N区商店街振興組合連合会 組合決算書精査 2014年10月 ネット通販創業診断 中野区