活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

やんごとなき読者

2009-04-07 23:29:19 | 活字の海(書評の書評編)
著者:アラン・ベネット (白水社・1995円)
訳者:市川恵里 毎日新聞 2009年4月5日 東京朝刊
評者:池内紀

サブタイトル:齢八十、趣味に目覚めたその人は……

※ この書評の原文は、こちらで読めます


うーん。と、唸らされた。
上手い。上手過ぎる登場人物のキャスティングである。

確かに、評者がいうように、この小説は日本では、上梓できない
だろう。

皇室をパロディの元ネタにするなんて、余程のことでもない限りは、
それに挑もうとする著者も、書かせる編集者も、載せようとする出版社も、
三つ揃って無い無い尽くしとなることは、朝になれば日が東から昇って
くることと同じくらい、明白である。

マンガでは、小林よしのりが、まだゴーマニズム宣言をSPA!で連載して
いた頃に、同じことをマンガでやろうとして編集から駄目だしをされ、
最終的には前衛雑誌ガロに掲載された、という事例があるにはあるが。
(’93年 「蒲焼きの日」 
 後に「ゴーマニズム宣言(3)幻冬舎刊に収録)

舞台では、「さる高貴なご一家」事件がそれに近いかな。
こちらは未見なので論評は避けるが、皇室パロディに挑んだものの、
あまり上質な出来とは言えず、結局は外圧もあって上演を自主中断
したとの話がある。

シリアスに取り上げたものであれば、隆慶一郎の「花と火の帝」
新潮文庫刊がある。
こちらはとても面白かったのだが、話がこれからというところで
終わってしまったことが惜しい。
 

そうした、日本国内の皇室に関わる状況を見たときに、この小説の
持つ良質な軽さ、というものが、どれほど際立ったものかがよく
判る。

評者が言述しているので、ここでも書いてしまうが、主人公の造詣が
まず見事。

これまで多忙にかまけて読書に縁の無かった老女。
ふとしたきっかけから、読書の面白さに目覚めてしまう。
自分とは異なる、ありとあらゆる人生が、そこには著されている。

そのことは、人生において数多の分岐点を経て、今の自分に至った
ことを思い起こさせるし、分岐点の数だけあった(筈の)無数の
人生の選択肢から、タイトに絞り込まれた今の自分の人生がある、
ということに、改めて気づかされる。

その老女というのが、現イギリス女王であるエリザベス二世!という
ところに、本書の配役の妙がある。

そして、読書の楽しさに目覚めた女王が引き起こす様々なトラブルが
、面白おかしく、しかし辛らつではない暖かい目線で語られる。

そして、ラストに設けられたクライマックス。
カラーを出さず、英国の母としてあり続けた女王が、初めて自分の
意思を明確に出して、自分のやりたいことを優先させようとした
時に、何が起こったのか…。

評者は、礼儀としてその内容を明かしていないし、未読の僕としても
現時点では知る由も無い。

だが、もう十分に読んでみたい触手が動くこと、間違いなしである。


しかしながら。
評者の言述によれば、本書の醍醐味は更に深いところにある。


いくつになっても、人は変わることができる。

言葉にすると陳腐だが、80歳の方を主人公に、そう言い切ることの
難しさ。そして、それを描ききることに成功した著者の筆力は、
生半なものではないと思う。

それこそ凡百な描写では、説得力も何も無く、設定が上滑りしてしまう
だけだろうから。

そして、それを皇室を主人公に、きちんとエンタテイメントとして
仕上げてしまう辺りに、イギリスと言う国の、奥の深さを垣間見る
ことが出来たような気がする。

勿論、国民性その他の違いもあり、日本で同じパターンをすることの
是非を、問うものではないが、皇室でなかろうとも、昨今のTV等での
下品なコメディに辟易している人には、清涼剤として是非お勧めしたい
一冊となるであろう。

(この稿、了)



やんごとなき読者
アラン ベネット
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ゴーマニズム宣言 (3) (幻冬舎文庫)
小林 よしのり
幻冬舎

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花と火の帝〈上〉 (講談社文庫)
隆 慶一郎
講談社

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花と火の帝〈下〉 (講談社文庫)
隆 慶一郎
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笑いを楽しむイギリス人―ユーモアから見えてくる庶民の素顔
巻口 勇次
三修社

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