活字の海で、アップップ

目の前を通り過ぎる膨大な量の活字の中から、心に引っかかった言葉をチョイス。
その他、音楽編、自然編も有り。

最強伝説 黒沢

2009-07-02 00:51:13 | マンガの海(読了編)
作画:福本伸行 出版社: 小学館 (ビッグコミックオリジナル連載)完
価格:505円(税別)
初版:2003年8月1日(入手版も同じ)

裏キャッチコピー:
 オレが
 求めているのは……
 オレの、
 オレによる、
 オレだけの……
 感動だった
 はずだ……!!


昔、本作品が雑誌連載していた頃。
実家で購入していた掲載誌(ビッグコミックオリジナル)で
本作品に出会った。

その後、転勤等で実家にそうそう行けなくなったこともあり、
僕の中で知りきれトンボに終わってしまっていたが、先日
ふとしたことから全11巻をまとめ買いしてしまった。

この物語の主人公は、黒沢。

44歳。独身。
建設工事会社で働き、現場監督を任されている。

一見、何の変哲も無い、どこにでもいる男。

ただ…。
彼の胸には、常に渦巻く激しい思いがあった。
それこそが、冒頭で紹介した裏キャッチコピーそのものである。

彼は、TVでやっていたワールドカップを仲間と観て、その動向に
一喜一憂しながら、心では叫び続ける。

違う!
こんな、他人から与えられるだけの感動など、本物ではない!と。


そして。
彼は、自分が感動を沸き起こす縁(よすが)となるべく、
様々なアクションを起こす。

そのアクションの全ては。

他者に、認めてもらいたい。
他者に、感動を与えたい。
他者に、尊敬されたい。

そして。それを通じて。
自分自身が、感動したい。

そうした思いの発露が、彼をひたすらに突き動かす。

ただ…。
そうした彼の思いは、見事なまでに悉(ことごと)く空転する。

例えば。
ある日、彼が取った行動。
工事現場のお弁当。皆、食べ飽きているはずのそのお弁当に、
自分が!
一品多くおかずを増やせば!
そのことが、皆の感動を呼び、自分への賞賛に繋がるに違いない。
そう、彼はひらめく。

そして、アジのフライを大量に買い込み、こっそりと一つ一つの
弁当に挟み込むのだ。
誰にも見つからないように。

彼は、夢想する。

やがて、とうとう来た昼食のとき。
いつもと違い、豪勢な弁当に作業員は訝(いぶか)る中。
満を持して、お代わり用のアジのフライの包みを持って黒沢が登場。
皆から感謝と賞賛の視線を浴びる…。

が。
現実は、散文的なもの。
誰一人として、アジのフライが余分に追加されたことに気もつかず、
淡々と食事をし、休憩に入ってしまう。

黒沢の行き場の無い思いは、なぜ気がつかないんだと、作業員を
責める寸前まで行く。
が、流石にその姿の浅ましさに、自重し、かつ自嘲して、彼は
自分の弁当を食べようとする。

その時。
弁当が入れられたタッパが、既に空になっているのを見て、彼の
心の柱が音を立てて折れた。

こいつらは。
オレの心づくしのアジを気付かないばかりか、現場監督の弁当が
残っていないことすら気が付かない!
しかも、それをオレが叫んでも、ろくに反応もしない!

そう叫んでしまった黒沢と、現場の作業員達との間に、絆など
生まれようはずもない。

しかも。
作者は、更にこの件に絡んで、黒沢に重い重い十字架を背負わせる。

そして。
行き着くところまで行き着いてしまった結果、黒沢と作業員との間
には、修復不能な深い溝が出来てしまう。


このように。
彼が動けば動くほど、周囲は冷めた目で彼を見るようになる。
そして、黒沢は自らの行動と他者の視線の両方から自縄自縛となり、
もがき続けるのだ。

その姿は、愚かしく、かつ痛々しい。

だが。
同時に。

そうした、黒沢の姿は。あがきは。
読むものの心中に、鋭い傷を作らずにはおかない。

なぜならば。

そうした黒沢は、実際に行動に起こすかどうかの差異はあれ、
僕達そのものだから。

むしろ、羞恥心、諦観、その他の要因から、僕達が行動に移せない
ことを、彼は実践する。

その黒沢を笑うことは、その黒沢のレベルにまでも達していない
自分をも笑うことなのだと、皆どこかでは気がついているのだから。


勿論。
そうでない人も、大勢いるだろう。

なぜ、そこまで人望を欲するのだろう?
なぜ、そこまで熱く何かを為そうと思うのだろう?


どうせ無理だから。
あるいは、別に意識しなくとも人望に困ったことは無いから。

様々な理由で、黒沢の行動を自分とは関係が無いと、思える人は
幸せであろう。

そのような人が仮にいたとすれば。
この黒沢の苦悩と絶望は、決して分からないだろう。

ただ。
それ以外の(大多数と思いたい)人々にとって、黒沢は普段自分が
起こそうと思っても起こせない行動を実践してくれるヒーローなのだ。

その姿がどれほど滑稽で、浅ましいものであればあるほど。

少なくとも僕は、黒沢を支持する。
そんな黒沢に、憧れさえ感じるのだ。

黒沢の、苦悩は続く。
最終巻で、どのような結末を作者が用意しているのかは、今は知る
由もない。

ただ。
黒沢には、幸せになってほしい。

心から、そう思うのだ。

(この稿、了)




伝説は、ここから始まった…。
アジフライ事件の顛末。
その他、黒沢の激しすぎる行動と、それが裏目に出続ける様を
その眼で確認したい人は、是非読むべし。
最強伝説黒沢 1 (ビッグコミックス)
福本 伸行
小学館

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そんな黒沢と、表裏一体の姿。
むしろ、原点ともいえる男を知るには。
賭博破戒録 カイジ 1 (ヤングマガジンコミックス)
福本 伸行
講談社

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2 コメント

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こちらでは初コメントです (みーか)
2009-07-03 00:05:21
どうも!お邪魔しまーす(*^o^*)
私が今気になってるマンガの記事だったんでカキコしました~。NHKの番組で紹介されてて、アジフライの下りは知ってます!
哀しい…哀しすぎますよ黒沢さん。読みたいけどラストまで読み進める自信がなくて手が出ないという…(笑)

でも読んだ人からは「絶対読んだ方がイイ!!」て言われます。ので私も古本探してみようと思います!
返信する
いらっしゃいませ♪ (MOLTA)
2009-07-03 00:41:09
おお。
こちら(本拠地)にも来てもらえて、嬉しいです。

いや~。この漫画。たまらんす。
人間の一番弱いところをさらけ出されているような気がして。
でもって、その奥に写るのは自分の顔だったりするから、もう。

ということで、お勧めですよ!

#でも、今はどうなっているかは、出先機関の日記でご確認を(笑)。
返信する

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