活字の海で、アップップ

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その他、音楽編、自然編も有り。

プロムナード  邪眼という迷信

2009-07-01 00:24:04 | Weblog
2009年6月29日(月) 日本経済新聞夕刊 7面らいふより
筆者:清水義範(作家)



生霊、という観念がある。

古くは、源氏物語の六条御息所に代表されるように、日本人の
感性においては、生きている人間の持つ思いの強さがもたらす
結果は、時として恐ろしいものを生み出すという考えがベースに
あった。


ただ。
それは、あくまでコアにあるものは、対象に対するその人の思いが
凝集した時に発現するものであった。

その意味では、標題の「邪眼」という考え方は、そのより先鋭化
されたものだと思う。


人が、何かを見つめるとき。
そこに、どのような思いを載せたものであれ、何らかの作用を
見た対象に及ぼす力を有する。

それが、邪眼(Evil Eye)というものである。

その認識はあったが、このコラムで紹介されているまでの意味
では、邪眼を捕らえたことはなかった。

では、どのようなものが取り上げられていたのかといえば。


冒頭で語られていたのは、エジプトの話。
あるエジプト在住の日本人女性が、エジプト人女性の着ている
ブラウスを褒めたところ、その女性から当該のブラウスをプレゼント
された、という。

それは、そこまで気に入ってもらえたのなら、という相手を思い
やったものではなく。

誰かに羨望の眼差し=邪眼で見られることは、不幸をもたらすため、
その根源となるものを身辺から排除するという理由による。

この考え方は、エジプトを中心とするイスラム圏には広く普及して
いるものらしい。

何せ、他者から羨ましがられることを恐れるあまり、自分の子どもに
「物乞い」とか「雑巾」といった蔑称をつけることもあるというから、
その忌避感の大きさも推して知るべしである。

かつて日本でも、自分の子どもに悪魔という名前をつけようとした
親がいて話題になったが、その親も存外イスラム教徒だったのかも
知れない。


筆者は、そうした事例を踏まえて、よその子どもを褒めてはいけない。
そうした文化もまた在るということを、人は十分認識して他者と
相対する必要があると、コラムを締めくくる。


それは勿論そのとおりなのだが、僕には比較文化人類学的に見て、
より根深い何かをそこに感じてしまう。


日本における生霊と、イスラム圏における邪眼。
どちらも、人の思いがもたらすものであることは相違ない。

それでも。
日本の生霊が、あくまでその思いが他者を取り込もうとして発現
することに対して、邪眼はただ見るだけで相手を絡め取ってしまう
という、問答無用的な要素を有している。

これは、恐怖と言うものの本質的な捉え方にもよると思われる。

日本において、人が他者に災いをもたらす動機は、例外は勿論有るが、
その主要因を祟り、という言葉で表すことができる。

「この恨み晴らさでおくべきか」という、思いの発露である。

それに対して、今回取り上げられた邪眼のように、そうした因果律
とは無縁にそうした災いが発動するという考え方もある。

勿論、日本にも殺生石のようなものもあるし、彼の方においても
祟り、呪いという概念はきちんとあるため、0/1で扱える代物
ではないが、大きな傾向としてはそうしたトレンドが見て取れる
のではないか。

(殺生石ですら、その大元には殺された九尾の狐の残留思念と
 いう話がベースにある)

誤解を恐れずに言えば、これは多神教と一神教の違いによるもの
かもしれない。

軽々に論じられるところではないだけに、ここではそうした考え方も
有るのではないか?という問題提議にとどめておく。
いつか、きちんと考察をしてみたい。


ただ。
どちらの考え方にしろ、触媒となるものは”人”である。

人がもっとも愛おしく思えるのは人。
それ故に。
もっとも恐ろしく思えるのも、また人。なのだろう。


(この稿、了)

(付記)
「邪眼」でググっていたら、辛酸なめ子氏のHPに行き
着いた。
人の目は怖い…
こう述懐する氏の突き放したような文を読むと、やるせない
思いに胸が痛む。



「邪眼」といえば、こちら。
この本で取り上げられた邪眼の持ち主、ミネルヴァの深い孤独を
想うとき、好きな人をただ無心に見つめていられる眼の持ち主で、
本当に良かったと思う。
邪眼は月輪に飛ぶ (ビッグコミックス)
藤田 和日郎
小学館

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異なる文化圏の話を説明することは難しい。
その難しいことを、こうすらすらと語ってもらえることの幸せ。
こうした講座に出会えたことは、幸せだと思える良書。
イスラーム文化-その根柢にあるもの (岩波文庫)
井筒 俊彦
岩波書店

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正直、好みが分かれるところだと思う。
僕としても、諸手を挙げて好き!という訳ではない。
でも、連載当時は、欠かさず読んでいた。
邪眼の持ち主 美堂蛮と、雷帝 天野銀二。
そして二人を取り巻く様々な人間模様。
我慢して読み進めれば、きっと引き込まれます。
Get backers―奪還屋 (1) (少年マガジンコミックス)
青樹 佑夜,綾峰 欄人
講談社

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