東西圧縮回流記

仙台青春風の旅 ブーメランのように 

しおさいの・・ 少しは私に・・ さらば青春

2009-06-18 | Weblog
 今宵は小椋佳さんのライブ「歌談の会」、カミさんと一緒に行った。意外にも大学の学生歌は彼の作詞作曲だ。何十年か前の銀行員時代はアルバムのみで既に多くのファンがいたが、彼は表には出ず、少し年月が経って出演した当時のNHKライブは衝撃のデビューだった。「もう限界です」と、かすれた声で語っていたのが記憶に残っている。時が随分と経過したが、スタイルは一貫し心地よく落ち着いた唄がいい。

「しおさいの詩(うた)」
デビュー曲は新鮮だった。何気なく作った唄でも、時代に合致していれば相乗効果もあり、瞬時に時代に溶け込み駆け抜ける。
小椋佳作詞・作曲
消えた僕の 若い力 呼んでみたい
恋でもいい 何でもいい
他のすべてを 捨てられる
激しいものが 欲しかった

「少しは私に愛を下さい」
いちども咲かずに 散ってゆきそうな
バラが鏡に 映っているわ
 本音は恋の唄だと思うが、小椋さんが就職した銀行から派遣されたシカゴ留学時代に、日本勧業銀行が第一銀行と合併を決めたと3日遅れの日本からの日経新聞に発表があり、もちろん留学中の一社員に本社から前もって知らせるはずがありませんよね、「少しは私に愛を下さい たまには手紙を書いて下さい」とエピソードを語った。それでも曲そのものは作者の意図以上に若かりし我々の琴線に共鳴した。

「さらば青春」
僕は呼びかけはしない かたわらを行くものさえ
みんな みんな たわむれの 口笛を吹く ...

先日、ある作家が新聞のコラムに書いていた。自分の人生は二者択一の繰り返しだが、最後の最後での選択肢の決定は意識的あるいは無意識の行動であり、その規範は音楽や詩の短いフレーズだったかも知れない...。とすれば息子たちの時代では、スピッツやミスチルの印象的なフレーズが彼らに大きく影響しているのだろう。それは時代そのものの意思であると同時に、極めて個人的な意志が交錯し相乗した結果の選択に違いない。

「青年は荒野をめざす」
五木 寛之作詞・加藤和彦作曲
ひとりで行くんだ 幸せに背を向けて
さらば恋人よ 懐かしい歌よ友よ

今 青春の河を越え 青年は 青年は 荒野をめざす

コメント
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