東西圧縮回流記

仙台青春風の旅 ブーメランのように 

足腰の点検、泉が岳に登る

2019-08-27 | Weblog
ロードバイクで転倒し、ヒザとヒジ、肩などを痛打して再起が危ぶまれた。救急病院では膝の剥離骨折の疑いがあるとの診断だった。

MRI精密検査の結果はシロ、剥離骨折ではないとのことだった。

おお、これは神仏の御加護ではないか、全国の神社仏閣を巡り歩いたご褒美ではないか、あるいは今年は恒例の松島の送り盆で灯籠流しをしなかったので、家に残っていたご先祖様に護って頂いたのではないか、などと考え仏壇に手を合わせ、ゆっくりとあの世にお戻りくださいと申し上げ、またよろずの神神に感謝した。

骨折ではないと判ると、どうも体がムズムズとしてきた。という訳で、昨日はカラダの試運転。泉が岳に行った。往復で約4時間。親からもらったこのカラダ、何とか動作することが判明した。感謝!





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甲子園残念の記

2019-08-23 | 野球


最近は機会があれば夏の甲子園に行くようになった。今春はセンバツの決勝戦にも行った。
 
仙台から関空と神戸までLCC格安航空機が飛んでいる。これはヒミツだが(ヒミツでも何でも無い)、実は仙台から新幹線で東京へ行く料金よりも、関西にヒコーキで行く方が格段に安いのだ。LCCの予約は早ければ早いほど安いのだ。今夏も甲子園に行くため4月早々から神戸行きのLCCを予約した。
 
ところが先週末、いつものトレーニングで松島から塩釜に向かう途中のこと、ロードバイクででスイスイと心地よく風を切っていたが、車道から歩道に車線変更したとたんに縁石に乗り上げ、そのはずみで全身体が前方に吹っ飛び、ひざ、肩、ひじ、胸などをしこたま打撲し、出血した。ヘルメットはいつも被っていて、幸い頭部の打撲がなかったので、その後は冷静に対応できた。自宅に迎えを頼むかタクシーを呼ぶか考えたが、まずパンクの修理を涼しい場所で始めた。ところが前輪ホイールが変形し内側にバリができたのか入替えたチューブがまたもや破裂した。そこであきらめて近くのスーパーで消毒液マキロンと大型サビオを購入し、自分で出血と打撲部の応急手当をし、バンクしたロードバイクを手押しで仙石線の東塩釜駅まで持ち込み、分解して輪行バックに収納し帰宅した。

 
その後は週末なので救急病院へ行き、即座に甲子園行のヒコーキ便はすべてキャンセルした。というわけで甲子園へ行って明石商業の試合も、星稜の奥川君のピッチングも見ることがができず、テレビ観戦となった。
 
今回の顛末で認識したことを以下に羅列する。
・救急車を呼ぶのも一般的らしいが如何にも気が引けた。
・仙台の休日の救急病院は充実していてサービスも良い。
・仙台の救急病院、市中の整形外科、MRI検診機関のネットワークがすこぶる良い。東北大系列かも知れぬがこちらはいいサービスが有難い。
・MRI検診は耳栓をしてもガンガン音が響くが、20~30分目を閉じて眠るとちょうど良い。
・テレビ中継は整形外科で見た。星稜の奥川君は履正社のバッターに打ち込まれた。これは個人的な感想だが、奥川君のスライダーと直球の直前の癖を、履正社のベンチに読まれて見抜かれていたような気がする。それと外角一辺倒の配球が多く、もう少し散らした方がいいと思った。
・いずれにしても履正社の栄冠を祝す。

 

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ドブロブニクへの砲撃

2019-08-05 | 旅・趣味・自転車ほか
ドブロブニクはクロアチアの至宝、ローマ時代の城壁の街、世界遺産だ。先日に訪れたとき強烈な印象が残ったのは、ユーゴ内線のうちクロアチアとセルビアの戦争で、1991 年のユーゴ軍(この時点でセルビア軍とモンテネグロ軍)からの砲撃の痕跡だった。
 
ユーゴスラビア連邦は第2次世界大戦のあと、バルカンの火薬庫といわれた地域で、多民族国家として独立した国だった。ユーゴはチトー大統領が在命の時代は彼のカリスマ性で、連邦国家は維持されたと言っても過言ではない。しかしチトー大統領が1980年に死去した後は、ユーゴ連邦は求心力を失い、元々は民族と宗派が違い分裂主義により1991年のスロベニア独立に始まる?抗争と内戦を繰り返し、NATO軍と国連軍により2001年に終結したといわれるが、セルビアはコソボの独立を認めていない。
 
クロアチアがユーゴからの独立宣言は1991年6月25日、ユーゴのクロアチア、ザグレブ襲撃は1991 年9月から始まった。ユーゴ軍のドブロブニク砲撃は同10月から7か月間続いた。ドブロブニクの人々は何千発の砲撃を受けた記録を生々しく残している。
 
ユーゴはセルビア人、スロバニア人、クロアチア人、マケドニア人、イスラム人の5人種から構成されていた。ユーゴの内戦と独立戦争には人種と宗教が各地域で入り混じっていたことから、内戦による殺人のほか筆舌に尽くし難いほどの凄まじい弾圧と暴行や掠奪が行わた。
 
もともと混じり合わない人種が混在すると排他的になり、憎しみが爆発し想像できないほどの行為に及び、民族の救済を名目に攻撃が行われれ、また軍事的に弱くなると簡単に征服され、屈辱的な敗北となり、人間の尊厳を奪われ民族の消滅さえも有り得る。我々も中国や韓国の人々の過剰な受け入れを防ぎ、必要な武力を維持し集団的自衛力を持たないと取り返しがつかなくなることを肝に命じるべきである。
 
 
 
 
コメント (1)
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