ワサビダイコン
ワサビダイコンは中欧から北欧にかけての原産,ステーキの付け合わせとして欧米諸国では根が利用されている。畑ワサビ,西洋ワサビ,ホースラディッシュなどいろいろな名前で呼ばれているが,学問的な和名はセイヨウワサビに定められている。ここでは,わたしが馴れ親しんだ,ワサビダイコンを使わせてもらう。
ワサビダイコンは明治時代に日本に入ってきているが,本格的な栽培は戦後である。畑で粗放な栽培に耐え,多収なのでワサビに比べて格安で,工業用の原料,特に粉ワサビや練りワサビの原料として使われる。ワサビとは同じアブラナ科に属するが遠縁である。根に含まれる辛み成分はワサビと同じだが,風味の点でワサビには劣る。
ここからは,わたしの父の話になる。
父は農協関係の仕事をしていたが,昭和30年代にワサビダイコンの事業を始めた。農家をまわって種芋を配布し,収穫物を買い取って,製糸工場時代に使っていたボイラーと生繭の乾燥設備を利用して芋のスライスを乾燥し,工業用の原料として販売していた。
わたしが大学と大学院で学業を続けられたのは,ワサビダイコンのおかげである。
ワサビダイコンは中国から安い製品が入るようになり,設備も老朽化してきたこともあって,父は昭和50年代に廃業した。
ちょうどそのころのある日,帰郷していたわたしは「ワサビダイコンは花が咲くのになぜ種子ができないか」と父に訊ねられた。
まことに迂闊なことだったが,わたしはワサビダイコンの種子形成に全く注意を払っていなかった。しかし,問われてその原因を推測することができた。
植物には「自家不和合性」という性質を示すものが多い。この性質は自家受粉を防ぐ仕組みで,他家受粉による種子ができるので,集団内の遺伝的な多様性が保たれる。アブラナ科には自家不和合性を示す種が多い。
ワサビダイコンは根による栄養体繁殖なので,すべての個体が分身になっていて,自家不和合性によって受粉が妨げられていることが考えられる。自家不和合性を打破するには,雌しべの中に受粉を妨げる物質ができる前に授粉させる,蕾受粉という方法がある。
そこで早速ワサビダイコンでこの方法をためしてみたが,得られた種子はすべてしいなであった。成熟種子から実生個体を育てるには,何らかの培養技術が必要と考えられた。
わたしにはその技術がなかったので,未熟種子をレスキューする技術のエキスパート,茨城大学農学部の丸橋亘助教授(当時)にお願いすることにした。
丸橋助教授は,蕾受粉で得られた未熟種子を試験管内で培養し,見事に本邦初のワサビダイコンの種子と実生を得ることに成功し,学会で発表した。
父にその話をしたところ,大変喜んでくれた。
この培養技術を使って,本邦初のワサビダイコンの交雑品種,「白宝」が育成されている。
わたしは,結果的にではあるが,ワサビダイコンを追うように,茨城大学農学部に赴任した。そして,ワサビダイコンの葉片培養で個体を育て,その集団の中の遺伝的な変異を調べる研究で,修士二人,博士一人の学位を習得させることができた。
父が亡くなってからほぼ30年が経つ。ワサビダイコンの普及のために,バイクに乗って筑摩野を走っていた父の姿に思いを馳せる。
タマネギ
タマネギを植えた。これで今年の植えつけ/播きつけはすべて終了。ネギ,ダイコン,ホウレンソウ,小松菜,芥子菜を収穫しながら,春を待つ。
リ ン ゴ
津軽からリンゴが送られてきた。美空ひばり歌う,不朽の名曲「りんご追分」を自然に口ずさんでいた。
STOP WAR!