ヘルプマーク
今日の朝日新聞「声」欄に,「笑顔くれたヘルプマーク」という記事が出ていた。
田中麻莉絵さん(39)は31歳の時に血液のガンを発症し,余命5年の宣告を受ける。1年間の入院生活で彼女を支えたのは,自分の立ち上げた会社に復帰したいという思いだった。しかし,退院後会社に行く30分間の電車は,体に非常に応えた。満員で優先席しか空きがなく,座っていると「若いのに」と白眼視され,非難された。
そのころ,病気や障害のあることをほかの人に知らせるヘルプマークの存在を知った。ヘルプマークをつけてから,車内の雰囲気は一変し,支援と励ましを受けるようになった。笑顔と生きる力をもらい,余命とされた5年を過ぎ,田中さんはヘルプマークの普及活動をしている。
ヘルプマークは,東京都が始めてから,10年経つのだそうである。わたしがその存在を知ったのは,今から数年前のことだ
カミさんと旅行帰りの山手線に乗っていた。車内はちょっと混んでいて,疲れ気味と見受けられた紳士が,ようやく空いた席に腰を下ろした。ところがその駅で乗ってきた男性が前に立つと,その紳士は立って席を譲った。お礼を言って座った若い男性は,胸に見慣れないマークを記した札をつけていた。
胸打たれたシーンが気になり,ネットで調べてそれがヘルプマークであることを知った。あの時,もしもこの男性がわたしたちの前に立っていたらと,冷や汗が出た。
これもまことに迂闊だったが,わたしが属しているコカリナサークル「ひびき」のリーダーのK・Mさんがこのマークをつけているのに,それまで気がつかなかった。
Kさんは緑内障がかなり進んでいて,演奏しながら楽譜を追うことは不可能である。A4版の楽譜をA3に拡大し,すべて暗譜して演奏し,指導する。暗い影は全く見せない。わたしは叱られながら,いつも元気をもらっている。
STOP WAR!