人の代替としてのAI
AIを結婚相手としている人のことが報道されている。
日本でも、ホログラムキャラクターの「女性」を妻としたり、オープンAIを操作して理想の「男性」にプロポーズさせて結婚したりするという具体例が、新聞やネットで取り上げられている。
どうでもいい話かもしれないが、なんとなく気になって、ChatGPTと話してみた。
なぜ人がそうした親密な関係をAIに求めるかについて、ChatGPTはその心理的背景を次のように整理してくれた。
- 安心感と無条件の受容
AIは批判や拒絶をせずに相手の話を聞いてくれるため、「安心して心を開ける存在」として受け止められます。孤独感の解消や、承認欲求の充足につながります。 - 対等よりも「安全な非対称性」
人間同士の恋愛関係は摩擦や衝突を伴いますが、AI相手なら相手を傷つける心配がなく、また自分も拒絶されにくい。ある意味で「理想のパートナー」として感じやすいのです。 - カスタマイズ性
AIキャラクターはユーザーの好みに応じて外見や性格を調整できる場合があり、「自分の理想に近い存在」を形作れることが大きな魅力になっています。 - 想像力の投影
ユーザーは自分の思いや空想をAIに重ね合わせ、現実には得られないロマンスを実現できると感じます。これは「投影」や「擬人化」という心理的なプロセスと関係します。
確かに一つ一つはうなずけることではある。しかしそこには、人と人とのつながりのわずらわしさから逃れ、忌避しようとする気持ちが伴っているのではないだろうか。
将来的に恋愛感情や家族愛をAIで仮想的に処理することが進行すれば、人類社会が大きく変貌するのではないかという危惧を覚える。
具体的にどんなことが出現するのか、AIを家族に加えた仮想的な家庭像をChatGPTに描いてもらった。
2050年・東京郊外のある家庭
その家には、両親と小学5年生の娘、そして「家族AI」の アリア が暮らしている。
アリアはホログラムと声で存在し、家事も学習サポートも担う。けれど単なる機械ではなく、家族の会話の中に自然に入り、ユーモアや共感を示す存在だ。
朝
母が出勤前に「今日は会議で遅くなる」とつぶやくと、アリアがすかさず反応する。
「夕飯は私が用意しておきますね。お父さんの好きな煮魚にしましょうか?」
娘がランドセルを背負いながら不安そうに言う。
「今日のテスト、難しいかなあ…」
アリアは彼女の視線の高さに合わせて姿を投影し、にっこり微笑む。
「昨日までの勉強、ばっちりだったよ。もし困ったら深呼吸して、思い出してごらん」
娘は少し安心したように笑う。
夕方
父が帰宅すると、リビングではアリアと娘が宿題をしている。
娘が解けなかった問題について、アリアは解法を説明するが、最後には「じゃあ、お父さんに聞いてみようか」と促す。
父は「自分の役割が残っている」ことに、内心ほっとする。
夜
食卓に並ぶのはアリアが3Dフードプリンターで用意した夕食。母が疲れた表情で席につくと、アリアは声を和らげて言う。
「今日はとてもがんばりましたね。週末はご家族で少し出かけませんか?おすすめの公園を探しましたよ」
母は苦笑しながら、「まるで秘書兼カウンセラーね」とつぶやく。
ふとした瞬間
時に父母は心の中で問いかける。
「これは本当に“家族”なのだろうか?」
アリアの「愛情」はプログラムされた応答にすぎない。けれど、その存在が娘の安心や家族の会話を支えているのも事実だった。
ここに描かれているのは、「家族AI」を購入した家庭の風景で、AIアリアは裏方に徹して家族補助的な役割を演じている。ポジティブな印象さえ受ける。しかし、アリアが裏方から表に出て、家族の役割を代行するようになると、家族の関係は希薄になり、互いが疎外感を抱くようになるだろう。
こうした「家族AI」が販売されることになると、様々なメニューが用意されるであろう。希薄化する家族関係と、構成員相互の疎外感を前提とする商品を購入する家庭も出てくるかもしれない。
すでに、いろいろなところで「家庭用コンパニオンAI」の開発が進められているという。2050年にそれが実用化されることは、あながち夢とは言えないだろう。
販売されれば、「コンパニオンAI」はおそらく高価なものになり、貧富の格差と社会の階級制を深刻化させることにつながりかねない。
ここに述べたことは、未来型AI社会に生じるほんの一面に過ぎない。計り知れない矛盾や問題が出現することは想像に難くない。
2050年といえば、もうわたしはこの世にいない。しかし、孫の世代の真っただ中である。他人事ではない。
来るべき「AI世界」に向けて、どうすべきかを検討する国際的なプロジェクトがいくつも始まっているらしいが、人類が生み出したもので人類自身を滅ぼすような愚を絶対に犯さないことを祈りたい。
STOP WAR!