8万人消えた歌舞伎町 店舗撤退増で治安悪化の恐れも
2020/4/19 12:00日本経済新聞 電子版
街から8万人が消えた――。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う飲食店などの休業要請から1週間余り。国内最大級の歓楽街、歌舞伎町(東京・新宿)が一変している。来訪者が途絶え、仕事を失って街を離れる人も。店舗の撤退増で治安が悪化する恐れも出てきた。「街の未来が見えない」。危機に直面する歌舞伎町を歩いた。(嶋崎雄太、中村信平)
17日夜、幾つかの狭い路地に300近い酒場がひしめく同町の新宿ゴールデン街。「ディープな東京を感じられる」と、外国人にも人気の飲み屋街は金曜の夜にもかかわらず、不気味なほど静まりかえっていた。ある路地では40余りある店のうち、5店ほどしか営業していなかった。
その一つで、数十年続く居酒屋を経営する女性店主(71)は「これほど人がいない歌舞伎町は初めて」と嘆く。客は1日に1人いればよい方で、売り上げは9割減った。それでも収入が途絶えると店の家賃を払えなくなるため、都から休業要請が出た10日以降も細々と営業を続ける。「落ち着いたら必ず行くよ」という常連客のメールが心の支えだ。
スマートフォンの位置情報アプリを基に人出を分析するアグープ(東京)の推計によると、1月中旬の金曜日の午後8時台、歌舞伎町には平均で約9万9500人の滞在者がいた。4月17日、同じ時間帯の滞在者は平均約1万8500人だった。地方都市の人口に匹敵する人出が街頭から消えた計算だ。
その多くは街の外から流入していた飲食店などの客だ。新宿区の調査によると、歌舞伎町を毎週訪れる区民は1割に満たない。流入が止まった影響は休業要請の対象外の宿泊業にも及び、あるホテルは客が5分の1に減った。受付の女性は「経営への打撃は計り知れない」と話す。
仕事で街を訪れる人も減った。バーで働く女性(19)は店の客が減ったため、4月初旬に出勤を止められた。「歌舞伎町で他のバイトを探したが見つからず、働くエリアを変えるつもり。このままだと生活が危ない」
総務省の16年の統計によるとゴールデン街などがある歌舞伎町1丁目では約1万1千人が働き、うち半数超は飲食業や宿泊業の従事者だった。仕事をなくし街を離れた人も多いとみられる。
売り上げが減った事業者には国の「持続化給付金」(100万~200万円)や都の協力金(50万~100万円)などの支援策があるが、いずれも支給は5月以降とされる。
客が8割減ったというチェーン居酒屋の男性店主(40)は「支給まで店がもつか分からない」。持ち帰り用の弁当を売り出したが売れ行きは鈍く、家賃や人件費が重くのしかかる。「支援策の金額も十分ではないが、支給が遅いのが問題。生き延びられない」と険しい表情を見せる。
金曜の夜にもかかわらず明かりがほとんど消えた繁華街(17日、東京都新宿区の歌舞伎町)
歌舞伎町は1980~90年代に暴力団抗争の場となり、客離れが進んだ。2000年代に官民による治安向上策が開始。その効果でここ数年は訪日外国人や家族連れ、若い女性が増えて客層が変わり、にぎわいを取り戻しつつあった。
再生途上にあっただけに、歌舞伎町商店街振興組合の城克(じょう・まさる)事務局長は「今回のダメージは想像を超える」と唇をかむ。
再びの治安悪化を恐れる声も出ている。警察幹部は「健全な店舗の撤退が広がれば犯罪グループが街で活動しやすくなり、麻薬や銃器などの取引が横行しかねない」と危機感を強める。
歌舞伎町のまちづくりに長年関わってきた早稲田大の戸沼幸市名誉教授は「歌舞伎町には、わい雑さすら憧れに変える不思議な力がある。その街が丸ごと休業の状態に追いやられ、未来の姿が見えなくなりつつある」と語る。「今はただ、街全体で息を潜めるほかない。まずは新型コロナに打ち勝つことが未来に向けたまちづくりの出発点だ」