中国脱出する富裕層やミドルクラス-移民で世界の風景一変、緊張も
Pathom Sangwongwanich、Zheng Li、Nguyen Dieu Tu Uyen、Quynh Nguyen、Lisa Du、David Scanlan、Tao Zhang
2024年1月19日 11:03 JSTブルームバーグ
19年以降、110万人超が中国離れる-景気低迷と強権政治への幻滅で
沖縄県糸満市でも中国人コミュニティーが形成されつつある
風水の専門家によると、バンコクのプラチャラットバンペン通りの中央部はドラゴンの腹に似ている。それは縁起の良い土地であることを意味する。ここに住んだり、事業を営んだりすれば、繁栄する可能性が高いという。
そのため、新型コロナウイルス禍のさなか、中国人起業家が大挙して押し寄せ、不動産が熱い注目を浴びた。地元の人々にとっては、一階に商業スペースのある自宅を売ったり貸したりする一世一代のチャンスだった。
長年ここに住むチャナフォン・リッタヤマイさん(52)は、隣人の家が1500万バーツ(約6200万円)で落札されるのを目にした。チャナフォンさんは自分の店を買い取りたいという複数の申し入れを断った。「この土地は両親から受け継いだもので、誰にも貸すことはできない」ためだ。
かつてはタイ人経営の店で埋め尽くされていたこの通りは、今では豚の角煮ご飯からビデオ制作サービスまで、あらゆるものを宣伝する中国語の看板であふれている。
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中国経済の低迷と共産党の習近平総書記(国家主席)が進める強権的な統治への幻滅が動機となり、2019年以降、110万人余りが中国を離れた。
チャイナマネーの伝統的な流出先ではないコミュニティーでは、中国からの移民流入が大きな変化をもたらしている。バンコクの繁華街では地元の商人が押し出され、ベトナムの農村が工業地帯に変わり、日本では沖縄の一部地域で住宅価格が上がっている。
プラチャラットバンペン通りにある火鍋レストランの共同経営者、リウ・ビン(35)さんも最近、中国から移り住んだ一人だ。彼の店は昨年12月のオープンからまだ2週間しかたっていないが、すでに今年中に3店舗増やす計画だ。
「中国経済は良くない。タイの環境とゆったりとした生活のペースが好きだ」と重慶出身のリウさんは言う。
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タマサート大学のシバリン・ラートプシット助授が公式データを分析したところ、タイには最大13万人の中国人移民が暮らしている。22年に導入された長期滞在ビザ(査証)のおかげもあり、移住者数はこのところ増加している。
あつれき
政府が中国からの移民を歓迎する一方、一般のタイ人の間には不平不満が渦巻いている。ソーシャルメディアには、中国人が列に割り込んだり大声で話したりして現地の規範を無視しているという苦情があふれており、ビザの規則や特定企業への外国人の出資を制限する規制に違反しているという疑惑すらある。
よく耳にする批判の一つが、中国資本の企業は労働力や原材料、商品を本国から調達しているため、タイ経済にあまり貢献していないというものだ。
「これらの問題がタイ社会で一連の不満を生んでいる」と、中国人移民の影響に関する報告書を昨年発表したシバリン氏は指摘する。
プラチャラットバンペン通りの変貌と緊張は、新型コロナ禍後の中国からの移民急増が世界中のコミュニティーに与えている衝撃を浮き彫りにしている。
中国では新型コロナを徹底的に抑え込むという「ゼロコロナ」政策が約3年続き、ロックダウン(都市封鎖)などで厳しい制限が課せられた。貧富の格差是正をうたう習総書記肝いりの政策「共同富裕」の下で、不動産投機も取り締まりの対象となった。
こうしたことが重なり、裕福な中国人はより歓迎される場所へと向かうようになったほか、米国との貿易摩擦に対応しサプライチェーンの再構築を図る中国の企業経営者はカンボジアやメキシコなどで幅広く事業を展開し始めた。
中国は海外移住に関するデータを公表していないが、国連がまとめた数字によれば、ここ数年顕著に増加。年間の純移住は、19年までの10年間で平均19万1000人強だったが、過去2年間はいずれも31万人を超えた。この勢いがすぐに衰えることはないだろう。
クアラルンプールの不動産コンサルティング会社ジュワイIQIは、今後2年間で70万人以上が中国を去ると予測している。
自由への憧れ
シンガポールやアラブ首長国連邦(UAE)に高級物件を購入する資産家から、密入国請負業者の助けを借りて米国・メキシコ国境を越えようとする貧困層まで、中国からの移民はさまざまだ。
しかし、最も多いのは中間所得者層(ミドルクラス)で、熟練労働者や中小企業の経営者、高学歴の専門職らがその一角を占める。
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経済的なチャンスを求め、中国を離れる人もいる。米国の大手テクノロジー各社は製造面での対中依存度を下げようとしており、中国のサプライヤーが他国に拠点を構えることを奨励している。
ベトナム北部のバクニン省とバクザン省では、かつての田園地帯が巨大な工業団地に変わり、米アップルなどの電子製品を組み立てている。新しい工場には、中国本土での成功を再現しよう熟練したマネジャーやエンジニアがやって来る。
バクニン省の省都バクニン市では、中国系住民の気配が至るところで感じられる。地元のレストランは、中国の通信アプリ「微信(ウィーチャット)」のQRコードで注文を受ける。店員はビールの注文にグーグル翻訳を使い、新しいカラオケバーやマッサージ店が通りに点在している。
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工場での仕事は高給だ。この地域の工業団地を監督するダオ・スアン・クオンさんによると、シニアマネジャーの年収は最大6万5000ドル(約960万円)と、地元の平均賃金の約16倍。
市の中心部近くには、豪邸や高級スポーツタイプ多目的車(SUV)が目立つ中国人居住区が形成されている。ベトナムの中国人駐在員にとって魅力の一つは、本国と違って当局が派手な富の誇示に眉をひそめないことだ。
アップルのワイヤレスイヤホン「AirPods」を製造する中国のゴアテック(歌爾)が所有する工場の門の外で客待ちをしていたバイクタクシー運転手のダム・タイン・チュオンさん(70)は、工業団地が地元の人々の生活を良い方向に変えていると言う。
若い頃はコメ一粒を買うこともままならない日もあったが、最近では電子機器工場で働く外国人に部屋を貸して、家族で月に少なくとも2750ドルの収入を得ていると話す。
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中国市民にとって、母国を離れるかどうかの決断は、収入が上がるにつれて複雑になっていく。ある程度の富を築いた人にとっては、自分自身や子供たちのために、より大きな自由への憧れが国を出る原動力となることが多い。
今世紀の大半において、中国の急速な経済発展は、中国共産党が市民生活を比較的緩やかに管理していた時代と重なっていた。中国で暮らす多くのミドルクラスは、所得の低迷と社会経済的流動性の低下に直面している米国の同クラスよりも、自分たちは恵まれていると考えていた。
我慢の限界
中国人はますます海外の大学に通うようになり、海外に不動産を購入することもあったが、その多くは最終的に帰国した。
だが、習総書記がテクノロジーや不動産などの業界への圧力を強め、人々の生活への干渉が強まるにつれ、態度は変化し始めた。そしてコロナ禍でのロックダウンだ。
ロンドンに住む中国人ビジネスマン、ジェイソン・スンさん(49)は、数年前まで移住を考えたことなどなかったという。習指導部の締め付けがある中でスンさんは娘を海外留学させたが、自分は上海に残った。
親しい人が汚職で告発されるなど、怖い思いもしたが、目立たないようにしていれば大丈夫だと思っていた。「人生を楽しむことだけに集中し、政治に近づかなければ、寝そべって余生を過ごせると思っていたのだ」と語る。
コロナ禍の際、当局は上海市に隣接する浙江省にいる両親を訪ねたいというスンさんの願いを拒否した。両親は数週間後に亡くなった。「ロックダウンが我慢の限界だった。それで心が折れてしまい、中国にとどまりたいという気持ちがなくなってしまった」のだという。
中国から資金を移すのは簡単ではないが、スンさんは輸入を装った一連の取引によって資金を引き出すことができた。彼は現在、ロンドンのダウンタウンに4ベッドルームの集合住宅、郊外のダリッジに一軒家を所有し、中華料理店2軒で持ち分を保有している。
ただ移住先の英国では苦労も多い。天候に慣れず、インフレ率は驚異的で、スンさんと娘は強盗に遭い、携帯電話を奪われた。「ロンドンが好きとは言えないが、中国に戻る気は全くない」とスンさんは明言する。
英政府の発表によると、22年7月-23年6月に中国はインドとナイジェリアに次いで、欧州連合(EU)加盟国以外からの移民の多い国として3位にランクされた。
ポルトガルやキプロスなど多くの欧州諸国は、投資家などを対象としたいわゆる「ゴールデンビザ」の基準を厳しくしているが、十分な資産を持つ中国人移民はまだ居住権を買うことができる。タイやインドネシアなどアジアの国々は最近、海外資金を呼び込むためのプログラムを導入した。
沖縄
伝統的に移民に慎重な日本でさえ、起業家や投資家を呼び込むために制限を緩和している。事業に500万円を投資した人に居住権を与える「経営・管理」ビザは、中国人に人気がある。昨年1-9月にこの方法で日本に入国した中国人は2768人で、22年の年間記録2576人を上回った。
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その数は他国と比べればそれほど多くはないが、大都市以外で顕著な影響を及ぼしている。沖縄は日本で最も貧しい県であり、その経済の大半は観光業によって支えられている。糸満市では、19年半ばから22年半ばにかけて、中国人登録者数が16%増加したことが公式データで明らかになっている。
地元の人によれば、埋め立て地にできた地区には現在、裕福な中国人のコミュニティーができつつあり、その多くが貿易や旅行業に携わっている。宿泊施設を経営している住民もいる。数少ないレストランの一つは中国ギョーザの店だ。ある日本人の住宅所有者は、不動産会社から買いたいという手紙を毎週受け取っているという。
地元民の玉城雅夫さん(72)は「瀬戸際にいるって感じ」だと言う。「新しい町を考えなきゃいけない時期に来ている感じ」だとも述べ、「救われる文化をどういうふうに維持していくかというのが今の課題」との考えを示した。
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中国人の海外移住を巡る不安の一つが、国外に流出する資金の規模が極めて大きいということだ。フランスの投資銀行ナティクシスは23年だけで1500億ドルに上ると試算。中国からやって来る資金は、地域社会を一変させ、時には予期せぬ影響を及ぼすこともある。
カナダ西海岸のバンクーバーは、糸満やバクニンなどの地元当局が直面するであろうことについて、幾つかの示唆を与えてくれる。
1986年にカナダが実施した移民投資プログラムのおかげで、バンクーバーには当初、英国から中国への返還を前に香港から逃れてきた香港人が移り住むようになり、それから裕福な中国人を引き付けるようなった。デベロッパーはきらびやかな高層マンションを次々と建設した。
不動産購入禁止
バンクーバー地域の人口260万人のうち2割程度が中華系であり、広大な郊外地区リッチモンドではその割合が6割近くに達している。中国系カナダ人で元五輪スノーボード選手のアレクサ・ルー・リッチモンド市議会議員は、住民が丸一日中国語だけで過ごすのは難しいことではないと言う。
バンクーバーのアルバーニストリートはかつて、こぢんまりとしたカフェやショップが軒を連ねていた。だが今や、グッチやロレックス、プラダなどに、数歩歩けば気軽に立ち寄れるようなっている。宝飾店「老鳳祥」の店員は、客の6割が中国系だとみている。
バンクーバー地域での住居費の高騰は、やがて政府の政策に反映され、昨年1月から2年間、大都市におけるカナダ人以外の不動産購入を禁止するという前例のない措置に至った。15歳で中国からカナダに移住した不動産業者のケビン・ワンさんによれば、中国系住民の需要は依然として強く、「すでにカナダに住んでいる人の多くがアップグレードを望んでいる」という。
シンガポールのハイテク企業で働くプログラマーのジェイコブさんは、適切な種類のビザ取得や資本逃避規制の回避など海外移住実現の難しさにもかかわらず、中国以外の国で新しい生活を送るという決断を貫いている。
母国の家族への配慮から名字を公表しないよう求めたジェイコブさんは、中国の大手インターネット企業でソフトウエアエンジニアとして働いていたため、自動車と集合住宅をローンに頼らず購入できた。
しかし、2020年に習総書記が打ち出したハイテク業界締め付けのせいで、多くの中国人にとってそうしたぜいたくは過去のものとなり、何万人もの雇用が失われた。
ジェイコブさんが移住を決めたのは経済的な理由だけではない。共産党への忠誠の重要性を説く党イデオロギーの必修授業を娘に受けさせたくなかったのだ。「潮目が変わったんだ。私が中国で享受していたミドルクラスの生活は危機にひんしている」。
(原文は「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」誌に掲載)
原題:A Million Chinese Expats Are Transforming Far-Flung Places (抜粋)
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