マネーの大洪水、秋に転機 米金利の低下圧力が退潮へ
Market Beat 金融政策・市場エディター 大塚節雄
マーケットニュース
2021年8月8日 12:00
米金融市場が「マネーの大洪水」に見舞われている。経済政策の支出に伴って政府から民間に年初以降1.3兆ドル(140兆円)に及ぶ資金が流れ込み、米金利の低下を陰で演出してきた。連邦債務の上限復活で、秋にかけて政府の手元資金はさらに細る。問題はその後。金融緩和の縮小などでマネーの波が引けば、世界の市場を揺さぶる可能性も捨てきれない。
米長期金利の低位での推移が続く。世界的な景気減速への懸念、海外勢の米国債購入。理由はいくつも挙がる。その影響の大きさの割に、あまり語られない要素がある。政府の手元資金が民間になだれ込み、米金融市場の心臓部がマネーの大洪水に直面した事実だ。
新型コロナウイルス危機で米政府は巨額の財政支出に動いた。財務省はまず2020年、短期債を軸に国債を大量に発行し手元に資金をため込んだ。21年に給付金などの支出が本格化すると一転、国債発行を緩め手元資金を吐き出し始めた。
財務省の手元資金(政府預金)をみれば、一目瞭然。20年3月下旬の3000億ドル台から20年末に1.7兆ドル超に膨らみ、今年7月末に4600億ドルまで急減した。20年に急膨張した短期国債の残高も減少に転じた。
マネーは銀行預金や米国で有力な運用商品であるMMF(マネー・マネジメント・ファンド)などに流れ込んだ。
銀行預金の一部は米連邦準備理事会(FRB)に設けた準備預金に移った。準備預金には利息(付利)がつくが、MMFは利用できないため別に運用先を探す必要がある。お金の借り手も減り、短期国債も品不足で奪い合いになるなか、行き場を失ったお金はFRBが設けた当時利息ゼロ%の「リバースレポ」と呼ぶ避難場所に殺到した。
FRBの量的緩和だけでは説明できないカネ余りの実態がここにある。
財務省は春以降、連邦債務の上限凍結が7月末に終わるのを見越し、手元資金の放出をさらに急いだ。多額の資金を持ったままだと、債務上限を骨抜きにする行為とみなされかねないからだ。
市場ではレポ取引や短期国債の金利の一部がマイナスに沈み、MMFの機能不全も危ぶまれた。FRBは6月、準備預金とリバースレポの金利を引き上げ、市中金利のマイナス回避に動いた。
そして8月。債務上限が復活し、財務省はさらなる手元資金の削減と短期国債の発行減を迫られている。上限再凍結の議会合意はインフラ投資法案の行方と複雑に絡み合い、9月以降にずれ込む見通し。JPモルガンは政府預金が10月にかけて1000億ドル規模に減るとみる。マネーの大洪水はピークを迎える。
大洪水は短期市場に限った話だが、「マネーは利回りを求め少しずつ中長期債の市場にしみ出していった」(欧州系運用会社)。中銀を含む海外勢にも同じ動きがあったという。超低金利がレバレッジ(借金による運用増)を生み、株式などリスク投資を強力に促したことは疑いようがない。
焦点は債務上限問題が解決した後だ。年末にかけ、財務省は政府預金を8000億ドル規模に復元する計画。FRBは量的緩和の縮小(テーパリング)を準備する。マネーの波は引いていき、金利を超低位に抑えつける力は少しずつ弱まる。
もちろん金利上昇に直結するとは限らない。緊急対策の支出一巡や経済再開による税収回復を踏まえ、財務省は11月から中長期債の発行額を減らす姿勢を示す。ゴールドマン・サックスは国債発行減がテーパリングの影響を上回るとして、22年の米国債の需給はむしろ改善すると読む。
一方で米国債が再増発に向かう可能性もある。米議会予算局(CBO)は上院で審議中の超党派のインフラ投資法案が10年で財政赤字を2560億ドル膨らませる見通しを示す。そうなれば民間から財政へのマネー逆流の影響は軽視できない。
米国債は基軸通貨ドルを代表する金融資産だが、折に触れ流動性が枯渇しやすいもろさも抱える。FRBの量的引き締め下の19年、米国債を担保に使うレポ取引の金利が一時急騰した。コロナ危機下の20年3月には米国債の取引が滞り、ドルの流動性が逼迫した。
金融当局首脳OBらでつくる「G30」は7月、米国債市場の流動性改善を訴える報告書を出し、FRBは呼応するように米国債を担保とする「常設レポ制度」と呼ぶ資金供給の仕組みをつくった。こうした動きがマネーの大洪水の転機が意識される時期と重なったのも偶然ではないだろう。
(金融政策・市場エディター 大塚節雄)
Market Beat 金融政策・市場エディター 大塚節雄
マーケットニュース
2021年8月8日 12:00
米金融市場が「マネーの大洪水」に見舞われている。経済政策の支出に伴って政府から民間に年初以降1.3兆ドル(140兆円)に及ぶ資金が流れ込み、米金利の低下を陰で演出してきた。連邦債務の上限復活で、秋にかけて政府の手元資金はさらに細る。問題はその後。金融緩和の縮小などでマネーの波が引けば、世界の市場を揺さぶる可能性も捨てきれない。
米長期金利の低位での推移が続く。世界的な景気減速への懸念、海外勢の米国債購入。理由はいくつも挙がる。その影響の大きさの割に、あまり語られない要素がある。政府の手元資金が民間になだれ込み、米金融市場の心臓部がマネーの大洪水に直面した事実だ。
新型コロナウイルス危機で米政府は巨額の財政支出に動いた。財務省はまず2020年、短期債を軸に国債を大量に発行し手元に資金をため込んだ。21年に給付金などの支出が本格化すると一転、国債発行を緩め手元資金を吐き出し始めた。
財務省の手元資金(政府預金)をみれば、一目瞭然。20年3月下旬の3000億ドル台から20年末に1.7兆ドル超に膨らみ、今年7月末に4600億ドルまで急減した。20年に急膨張した短期国債の残高も減少に転じた。
マネーは銀行預金や米国で有力な運用商品であるMMF(マネー・マネジメント・ファンド)などに流れ込んだ。
銀行預金の一部は米連邦準備理事会(FRB)に設けた準備預金に移った。準備預金には利息(付利)がつくが、MMFは利用できないため別に運用先を探す必要がある。お金の借り手も減り、短期国債も品不足で奪い合いになるなか、行き場を失ったお金はFRBが設けた当時利息ゼロ%の「リバースレポ」と呼ぶ避難場所に殺到した。
FRBの量的緩和だけでは説明できないカネ余りの実態がここにある。
財務省は春以降、連邦債務の上限凍結が7月末に終わるのを見越し、手元資金の放出をさらに急いだ。多額の資金を持ったままだと、債務上限を骨抜きにする行為とみなされかねないからだ。
市場ではレポ取引や短期国債の金利の一部がマイナスに沈み、MMFの機能不全も危ぶまれた。FRBは6月、準備預金とリバースレポの金利を引き上げ、市中金利のマイナス回避に動いた。
そして8月。債務上限が復活し、財務省はさらなる手元資金の削減と短期国債の発行減を迫られている。上限再凍結の議会合意はインフラ投資法案の行方と複雑に絡み合い、9月以降にずれ込む見通し。JPモルガンは政府預金が10月にかけて1000億ドル規模に減るとみる。マネーの大洪水はピークを迎える。
大洪水は短期市場に限った話だが、「マネーは利回りを求め少しずつ中長期債の市場にしみ出していった」(欧州系運用会社)。中銀を含む海外勢にも同じ動きがあったという。超低金利がレバレッジ(借金による運用増)を生み、株式などリスク投資を強力に促したことは疑いようがない。
焦点は債務上限問題が解決した後だ。年末にかけ、財務省は政府預金を8000億ドル規模に復元する計画。FRBは量的緩和の縮小(テーパリング)を準備する。マネーの波は引いていき、金利を超低位に抑えつける力は少しずつ弱まる。
もちろん金利上昇に直結するとは限らない。緊急対策の支出一巡や経済再開による税収回復を踏まえ、財務省は11月から中長期債の発行額を減らす姿勢を示す。ゴールドマン・サックスは国債発行減がテーパリングの影響を上回るとして、22年の米国債の需給はむしろ改善すると読む。
一方で米国債が再増発に向かう可能性もある。米議会予算局(CBO)は上院で審議中の超党派のインフラ投資法案が10年で財政赤字を2560億ドル膨らませる見通しを示す。そうなれば民間から財政へのマネー逆流の影響は軽視できない。
米国債は基軸通貨ドルを代表する金融資産だが、折に触れ流動性が枯渇しやすいもろさも抱える。FRBの量的引き締め下の19年、米国債を担保に使うレポ取引の金利が一時急騰した。コロナ危機下の20年3月には米国債の取引が滞り、ドルの流動性が逼迫した。
金融当局首脳OBらでつくる「G30」は7月、米国債市場の流動性改善を訴える報告書を出し、FRBは呼応するように米国債を担保とする「常設レポ制度」と呼ぶ資金供給の仕組みをつくった。こうした動きがマネーの大洪水の転機が意識される時期と重なったのも偶然ではないだろう。
(金融政策・市場エディター 大塚節雄)