SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

光なす双つのギター・第30話

2010-06-09 13:30:24 | 書いた話
 パスクアルはふたたび車で乗りつけてきたが、その顔からは、完全に生気が失われていた。ニコラスのそばにあるギターケースを見はするものの、手を出そうとはしない。
「……どうしたのよ、パスクアル」
 ベロニカが肩をそびやかして尋ねた。
「気分でも悪いの? わざわざ、ニコラスがギターを渡してあげたのに」
「……なんなんだよ、そのギターは」
 パスクアルは、しかめ面の奥からどうにか呻き声を絞り出した。
「わけがわからねえ。また、光って消えやがった。……なにか、幽霊でも憑いてるんじゃねえのか?」
「言ったでしょう。戻ってくるのはギターの意志なんですよ」
と、ニコラス。
「まだ信じられないなら、ギターに訊いてみましょうか?」
 ニコラスは、ギターを取り出した。
「お…おい……」
 パスクアルが、気味悪そうに身構える。ペドロが「腰抜け」とでも言いたげに、パスクアルを一瞥した。
 そして、4人と1匹の視線が集まるなか。
 ギターが、いつになくやわらかい光をまき散らしながら鳴り出した。
「……これは……」
 ニコラスは、思わずまばたきした。
 知っている、曲だった。
 幾度も聴いてきたメロディー。
 優しい子守歌のような、心地よい調べ。
 ──夢に繰り返し出てくる、あの曲だった。
(それじゃ、やっぱり夢の中のギターは、このギターなのか……)
「おい、どこ行くんだよ!」
 ペドロの声で、我に返る。
 パスクアルが、車に飛び乗るところだった。エンジン音に紛れて、叫び声がした。
「要るもんか、そんな化け物ギター!」