SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

天の歌と地の唄と 第15話

2015-11-28 11:58:02 | 書いた話
「子守唄? “水返しの歌”がか?」「題名は知りませんよ。ただ、ぼくにとってはあれは子守唄なんです」水神は首をひねる。「妙だな……なぜきみの母上が、水神の歌をうたえるんだ?」「水神の、歌?」「そうさ。あれは、水神が代々伝えてきた四つの歌のうちのひとつなんだ。みだりに外に出すものじゃない」「そう言われても……」問われたフアンも、エストもニコラスも考え込む。「エストは──ああ、女神のほうのだが、実にみごとに踊るからね。歌も、どこかで耳にしたのを覚えて」「──そうか!」ニコラスの回想に割って入ったのは水神だった。「話に聞いたことがある。さきの水神、つまりおれの師匠だが、生涯にただひとりの娘を残したと。自由に生きる道を選んだその娘が、つまり」「──ご明察だよ」虚空に新たな声がした。「久しいねえ、水神」
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天の歌と地の唄と 第14話

2015-11-12 15:25:14 | 書いた話
少女の歌が止むと同時に、空気がみるみる澄んでいった。霧が晴れるように。「どうして……」エストと水神が同じ問いを放つ。が、続きは違った。「あなたの唄でこの子が元に戻るの?」とエスト。「きみがこの歌を知ってる?」と水神。ふたりから問いを投げられた、唄い手本人──フアンは、どちらから答えたものか一瞬迷う。そこに、「お師匠、ここどこ?」少女の幼い声が飛び込んだ。無邪気な表情、子どもらしい様子は、水神の幻影に登場した彼女そのものだ。「やれやれ、正気づいたな」「なにが?」「……いいんだ」水神は安堵の息をつき、少女の頭をぽんぽんと撫でる。「──いや、そうじゃない。フアン、なんだってきみが知ってるんだ、“水返しの歌”を」今度はフアンがぽかんとする。「今のですか? あれは子守唄です、母がいつも唄ってくれてた」
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天の歌と地の唄と 第13話

2015-11-03 16:13:03 | 書いた話
流れ込んできた歌声は、たちまち部屋の空気を蝕んでいった。どす黒い霧のような禍々しい気配が、辺りを覆ってゆく。すでに水神ばかりではなく、全員が只ならぬものを感じていた。「……とりあえず、こちらから出向く手間は省けたな……」水神が壁に身をあずけながら、精一杯の強がりを口にするのとほぼ時を同じくして、閉まっていたドアがひとりでに開いた。姿を現した人物──すらりと伸びた手足に幼い顔立ち。さきほど幻影の中にいた少女が、現し身となって四人の前にいた。ただ、その顔に、少女らしい無邪気さはみじんもない。表情はこわばり、半眼にひらいた目の焦点は定まっていない。そして、唇からはあの厭な歌声。呪詛のようにじわじわと、空気が重みを増す。水神はどうにか姿勢を立て直そうとする。と──不意に響いた唄が、少女の歌を止めた。
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