SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

天の歌と地の唄と 第11話

2015-07-31 14:41:01 | 書いた話
水音とともに、部屋に少女が現れた。十歳、いや十二歳ぐらいか。手足はすらりと長いが、顔つきはまだまだ幼い。「あなた、どこから──」伸ばしたエストの手が少女の身体をすり抜ける。再び目を丸くしたエストに構わず、少女の無邪気な声が問うた。「お師匠、見回り?」空中から水神の声が応えた。「ああ。一緒に来るか。というか、来なさい」だが、いま部屋にいる水神は黙ったまま──ということは、これは水神が見せている幻影。「今日は、おまえがこないだ水浸しにした辺りを巡るんだから」「はーい」師の声に応じるあっけらかんとした口調には、反省のいろもない。今更ながら、弟子を育てることの苦労を思い知り、それでも──「行くぞ」水神が促した、そのとき。ギターの音が、明け方の鐘にも似て高く鳴り響いた。誰より早く、ニコラスが反応する。
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天の歌と地の唄と 第10話

2015-07-15 17:17:57 | 書いた話
「お友達、だったんですか」思わぬ人物からの意外な問いだった。水神の瞳が光る。「なぜそう思うんだ、ニコラス」「いや……」ニコラスは、ばつの悪そうな顔になる。「そんなニュアンスがこもっていたような……」「ギターの声が聴ける男の勘は、あなどれないな。やはりおまえさんにも来てもらわなきゃならないようだ」「さっぱり話が見えないわ」「そう焦れるな、奥方。──疫水神は確かに悪神だった。病み果てながら天地を憎み、ついに身を滅ぼすほどにな。だがおれは、奴に妙な親しみを感じていたのさ。だから、奴の生まれ変わりの娘を弟子にした。まあまあ順調にきていたんだ。その、ギターに触れるまでは」水神は、ニコラスの手の中のギターを指す。ホアキン・ミラのギターを。「そのギターが呼び覚ましちまったんだ、あの子の中の疫水神の魂をね」
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天の歌と地の唄と 第9話

2015-07-03 15:27:22 | 書いた話
エストの切り返しに、水神はしばらく答えなかった。答えに窮する──というよりは、どこから説明したものか、言葉を選んでいるようにも思われた。沈黙。ニコラスとフアンが目配せする。エストが、痺れを切らさねばよいが。そしてふたりの懸念は現実となる。フアンが止めるより早く、エストが水神に詰め寄る。「あのね、神様だか何だか知りませんけど、夜中いきなり訪ねてきて、人の家の財産を寄越せって、あなたそれは」「……泥棒だな。認めるよ」透る声が、エストの抗議を封じる。降参、と言わんばかりに手をかざし、水神が言葉を継いだ。「失礼、奥方。事情を話すよ。疫水神、って聞いたことはあるかい?」エストはかぶりを振る。「フアンは? きみの母上からその名を耳にしたことは」「いえ」「無理もない。歓迎されざる神だったからな、誰からも」
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