SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

悲喜街から 第2話

2016-02-20 12:02:02 | 書いた話
 淡く輝く水面を、光の球がふわふわと漂ってゆく。海、ではない。川か、泉か。水がゆっくりと流れてゆくところを見ると、川だろうか。その流れの先に、ひとりの娘。浅黒い肌、黒い髪に黒い瞳。両手に抱えた綿雲のような光の球を、少しずつ流れへと放していく。やがてその球を娘がいつくしむようにわずかに手に取り、口に含んだ──そのしぐさが人形のようだな、そう思った刹那、
「アンヘル?」
 目を開けた先に、妻の黒い瞳。
「ミノリ……」
 一瞬、夢の続きかと思った。
「嫌ね、珍しく暇だからって居眠りなんて」
 ミノリが軽く笑って、夫の金の髪を撫でる。こうしたときのミノリは、ひときわ若々しい。そう──客に言われるまでもない。ミノリはアンヘルと出会ったころから、ほとんど歳を重ねていないように見える。もともとあまり化粧をするほうではないから、化粧の助けではないだろう。
(ぼくなら、わかるんだけど……)
 こんなとき、アンヘルはふと我が身をかえりみる。
 もう、何年になるだろう。
 歌うオルゴール人形として、貴族の館にいた自分。そのうち戦に巻き込まれ、気づけば子どもたちに囲まれて貧しい家の隅にいた自分。美しい少女カタリーナの愛を受け、やがて彼女とともに埋められた土の中で、人間の身体に生まれ変わっていた自分……。
 トニオ爺さんのはからいで、自分を想うミノリと結ばれ、人間としての月日を重ねてきた。それでもやはり、普通の人間より歩みは遅いらしい。
 だから、自分が若く見えるのはわかる。けれど、ミノリ──もともと人間であるはずのミノリが変わらずにいるのはどういうことなのか……。そんなことを考えていたから、あんな夢を見たのかもしれない。
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悲喜街から 第1話

2016-02-13 11:17:11 | 書いた話
「トニオ爺さんのお墓に?」
 エプロンを外しざま、ミノリが訊き返す。
「うん、しばらく行ってないからね。店が忙しくて」
 アンヘルは応えて、洗い終えた最後のグラスを棚に戻す。
 喜びと悲しみが相半ばする街、悲喜街。時計の針は真夜中を大きく回り、灰色のビルが並ぶ街はひっそりと静まり返っていた。これから夜明けまでは、つかのま街が眠る時間だ。
 それは、この小さなシェリーバーも同じこと。いま店にいるのは、黒髪に黒い目の女主人と、金髪に碧い瞳の店主だけ。ついぞ一時間ほど前までは、諦めの悪い常連客たちが居座っていたが、女主人──ミノリの一喝でしぶしぶ腰を上げたのだった。もちろん、店主──アンヘルの丁寧なとりなしで、機嫌を損ねる者はいなかったが。しっかり者のミノリと気立てのいいアンヘル、ふたりの息のよさも含めて、この店は人気なのだ。
 だが今でも、気持ちよく風が抜ける特等席は、誰も座れないしきたりになっていた。テーブルには、
「トニオ爺さん 予約席」
の札。最近では、トニオ爺さんを知らない若い客や、よそから来る客も増えているからだ。
 戦争が終わり、荒れ果てた街の一角でシェリー酒を売る露店を出していたトニオ爺さん。やがて孤児のミノリが、そして歌上手のアンヘルが店に加わった。
 トニオ爺さんは若いふたりに店を任せ、静かに世を去った……。
 悲喜街の名物男の味を受け継いだふたりの店には、連日多くの客が訪れる。もう露店ではなくなっていたが、古い常連客たちも変わることなく、足を運んだ。
 そうした客たちの中には、グラスを傾けざま、このような呟きをもらす者もいた。
「なんであのふたり、全然としを取らないんだ?」
コメント (2)
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天の歌と地の唄と・あとがきにかえて

2016-02-04 23:57:02 | 書いた話
前作のあとがきで、「次作は人間界の物語に戻ろうと思います」と書きながら、かなり嘘になりました(苦笑)。結局、水神、先の水神、疫水神、泉の女神……はい、神満載です。一方、人間サイドでは、これまでの物語で活躍してきたヒロインが人としての生を全うすることになりました。すなわち、ベロニカ。彼女にはまた新たな役割が与えられたようですが、いずれにしても、本シリーズ最大のヒロインであったベロニカの死をもって、ベロニカとニコラス、娘エストの物語は一段落としたいと思います。考えれば2009年からの長い付き合いとなりました。
いずれ水神フアンの物語が始まっていくことになるでしょうが、それに先立って、懐かしいキャラクターたちの物語の続編を綴ってみたいと考えています。懐かしい街並みも登場してきます。どうぞ楽しみにお待ちください。
ともあれ、これまでベロニカやニコラス、エストやフアンを見守っていただき感謝しています。
ではまた、次作でお目にかかりましょう。

2016年 立春の日に
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