SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

双子の虹のハーモニー 第6話(2)

2014-03-26 12:10:02 | 書いた話
(ここは──どこだ?)
 最初に風神が思ったのは、それだった。砂漠でないのは、明らかだった。生き生きと地面を埋めつくした緑の草花。それらが、昇りそめた月の光を浴びて、気品を帯びたうす紫へと色を変えようとしている。
 通じないのを承知で、鳥に訊いてみる。
「元の谷に、返してくれないか」
 答えは、足元から返ってきた。
「元の谷よ、お兄ちゃん」
 妹姫だった。その手に、紫色の小さな竪琴を携えて。隣で、橙色の竪琴を抱えた姉姫が頷く。姫も双子なら、竪琴も双子。知らない者が見れば、写し絵と思ったことだろう。
「ここが、元の谷だって?」
 双子が首を縦に振る。ふたりの手が竪琴に触れて、美しいハーモニーが流れ出した。紫の竪琴の音色が、少しだけ低い。
 羽音がして、風神が振り向いたときにはもう、黄色の鳥の姿はなかった。
「お願いしたの。お兄ちゃんを助けてって」
と、嬉しそうに姉姫。鳥が来たわけは、わかった。だが──
「どうしたの、その紫の竪琴は」
「お花の中に」
 妹姫が答えて、薄明の中の草花を指す。
「かくれんぼしてたの」
「これが光ったの」
 橙色の竪琴を、姉姫が誇らしげにかざす。軍神が戦勝のあかしをかざすように。と──ふたつの竪琴が、呼び合うように光り出した。再び、明星めいた光が谷を照らす。橙色の竪琴を、朝をつかさどる明けの明星とするならば、紫の竪琴は、夜をつかさどる宵の明星だった。そして草花が影に沈んだ谷のシルエットは、いかにも昼間の砂漠と同じだった。
(ふたつの顔を持つ谷……か)
 昼は砂漠、夜は緑野。
(……そうだ、薬)
 肩を治さなければ、竪琴を天上へも送れない。効く薬があったろうか……思案しながら薬袋に手を伸ばしたとき。妹姫が、紫の竪琴を手に風神のかたわらに座った。竪琴から、それまでと違う、深々とした神秘的な音色が流れる。と同時に、風神の肩から、溶けるように痛みが消えていった。
(癒しの力か……!)
 しだいに見えてくる、姉妹それぞれの力。旅の行方は、いよいよ明るく思われた。
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双子の虹のハーモニー 第6話(1)

2014-03-17 16:00:03 | 書いた話
6 宵の明星の谷──第四の竪琴

 今朝は、母上の雷が落ちないな。
 珍しいこともあるものだ。ふだんなら、呑気に寝坊などしていれば、たちどころに稲妻の二つや三つ……
 いや。ここは、天宮じゃない。
 それに、この右肩の痛みは何だ?
 頭がはっきりするにつれて、風神にはようやく状況が呑み込めてきた。
 砂漠に現れた、第三の竪琴。初めは仲良くハーモニーを奏でていた双子が、好き勝手に弦をいじりだしたのが事の発端だった。ハーモニーがたちまちにして、不協和音に変わる。意地になった双子が弦を力まかせに引っぱるせいで、音はどんどん濁っていった。
「こら、放しなさい!」
 風神はふたりから竪琴を取り上げようとした。双子はかぶりを振って後ずさる。3人が、竪琴を取り合うような格好になった。耳ざわりな音が鳴る。
「ほら、放して!」
 風神がなかば強引に竪琴に手をかけたとき。
 砂が、崩れた。
 砂に埋もれてよく見えなかったが、そこは崖地になっていたのだった。悲鳴をあげる双子をとっさにかばったのまでは覚えている。
(……落ちたのか……)
 衣についた砂をはたき落として立ち上がる──ろうとした。右肩の鋭い痛みが、それをはばむ。落ちるとき、捻りでもしたようだ。風神は、己の間抜けさを呪った。利き腕がこれでは、風も呼べない。しかも日が暮れている。早く双子のところに戻らなければならないのに、なんて有様だ。
 右肩を動かさないようそろそろと起き上がり、ようやく体勢を整える。
(あの子たち、どうしたろう)
 勝手に動いて迷ってなければいいが。痛みをこらえて、崖地の上を見上げる。
(──ん?)
 鳥の羽音を聞いた気がした。そんなはずはない、と思った風神の耳に、しかし、まぎれもなく力強い羽音が飛び込んできた。驚く間もなく、身体が持ち上げられる。
「おまえは……!」
 “鳥躍る谷”にいた、堂々たる黄色の鳥。それが翼を広げて、風神を背に乗せたのだった。見る間に、下界が遠くなる。
「お兄ちゃん!」
 半泣きの双子が駆け寄ってくる。ブーツを覆い隠しそうな、緑の草花を踏みながら。
コメント (2)
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双子の虹のハーモニー 第5話(2)

2014-03-14 17:00:06 | 書いた話
 歌など口ずさみつつ勢いよく歩いていた双子も、気味悪そうに風神の背に隠れてしまう。
 そこには、何もなかった。
 荒涼たる砂地が、広がるばかり。
「こわい……」
 双子がおびえるのも、無理はない。道を間違えたかと何度見直しても、地図は確かに、この砂漠が“明星の谷”だと告げていた。
 探りの風も、収穫なしで戻ってきた。どうやら、自分の足で行ってみるしかなさそうだ。こうなると、照りつける陽光が恨めしい。
(太陽の叔父上も、少しは加減しろよ)
 娘たちが可愛くないのか。つい悪態をつきそうになった、そのとき。陽光を受けた金と銀のドレスが、ふしぎな光を放ちだした。たちまち、双子の表情が明るくなる。まず姉姫が、次いで妹姫が、いっぱいに手を伸ばす。ふたりの手が、光の中で重なり合った。
「きれい!」
 小さな4つの手。それを彩る金と銀の光が長く伸びて、砂地を走る。光の行き着いた先に、大きな光の球が浮かび上がった。
「おほしさま!」
 双子が、目を輝かせて走り出す。
(──星?)
 双子を追いながら、風神はあらためて光を見る。言われてみれば砂漠を照らす一条の光は、さながらまばゆい明星だ。
 風神が追いついたとき、そこには楽しそうに光の球と戯れる双子の姿があった。球はしだいに透き通ってゆき、やがて消えた。明星が、朝の陽の蔭に姿を隠すように。
 そのあとに、小さな竪琴が残されていた。果実のようにふっくらとした、橙色の竪琴。双子がつぎつぎと弦をはじくと、星の光めいた、明るく楽しげなハーモニーがこぼれでた。ほかのふたつの竪琴よりいくらか高い音で、よけいに陽気な感じがする。
 そっくりの顔を見合わせて、双子が笑う。金と銀のドレスがきらめく。心なしか、砂漠までもが華やかに色づいたようだ。誰から教わったわけでもないだろうに、竪琴からは息の合ったハーモニーが生まれていた。双子の未来を照らすように。
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双子の虹のハーモニー 第5話(1)

2014-03-10 16:56:45 | 書いた話
5 明星の谷──第三の竪琴

 流れ星の群れは、夜の空を滑るように、“鳥躍る谷”に近寄りつつあった。半信半疑で眺めていた風神も、やがて認めざるを得なくなった。
 双子を起こさぬよう、風に乗って星の群れに近づく。
「──姉上。お久しぶり」
「大げさだこと」
 流れ星の女神の、玲瓏な声が降ってきた。
「まだ幾日でもないでしょう」
 こういう物言いは、母上そっくりだな。風神は心のうちで苦笑する。返すがえすこの姉は、母の天帝夫人によく似ている。
「で、どうしたんです姉上。急用ですか」
「なら真っ先に言っています」
「……でしたね」
 昔から、この調子だ。
 風神の二の句を待たず、流れ星の女神は手元の星をひと振りした。実のはぜるような軽やかな音がして、2着の子ども服が現れた。
「音楽の叔母上からよ。そろそろ替えが入り用でしょうと」
「水浴びはさせてますよ」
「女の子ですもの。清潔な服を着せたいのよ」
「……で、ぼくのは」
「あるわけないでしょう」
「……ですよね」
 今度は苦笑いもあらわに風神が顔を上げたときには、流れ星の女神の姿はすでにはるか上空にあった。
 一言ぐらい励ましてくれても、ばちは当たらないだろうに。
 喉元まで出かかった言葉を、風神は呑み込む。本当に、昔から変わらない姉だ。今さら優しくされても落ち着かない。

 翌朝目覚めた双子の喜びようは、風神の予想を大きく超えていた。
(女の子……ね)
 姉上にも、新しい服にはしゃいだ頃があったのだろうか。想像すると、少し微笑ましい。
 新しい服は、姉姫が金糸、妹姫が銀糸のドレスだった。きゃしゃな糸でこまやかに織り上げられていて、陽の光にきらきらと光る。
 ドレスに夢中になっていたおかげで、姉姫の関心が黄色の竪琴から離れてくれていたのも幸いだった。さもなければ、また「嫌い」と言われかねない。
 鳥たちに見送られて、3人は谷の道をゆく。ご機嫌の双子の足取りも軽やかだ。
(次は……)
 明星の谷。
(また、星がらみか)
 星に縁のある日だな。そう思った風神の目にやがて入ってきたのは、だが、美しい名とはまるでうらはらの場所だった。
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双子の虹のハーモニー 第4話(2)

2014-03-06 14:20:32 | 書いた話
(嫌い、だって!?)
 姉姫の言葉が、風神の胸に刺さった。自慢ではないがこれまで、これほどはっきり「嫌い」と言われたことはない。
 姉の流れ星の女神は母譲りのきつい気性だが、少し歳が離れているから喧嘩にならないし、弟の水神見習いとは仲がいい。周りともうまくつきあってきたつもりだ──なのに。
 意外とこたえるものなんだな──などと、よけいなことを考えているうちに。
「お兄ちゃん」
 妹姫に衣の裾を引かれて、我に返る。
 姉姫の姿がない。
(……またか!)
 いっそ、素直な妹姫だけ連れて旅を続けようか。そんな考えさえ、胸をよぎる。だがさすがに、そうもいかない。しぶしぶ妹姫を抱いて風に乗る。崖の高みへと舞い上がると、妹姫がはずんだ声をあげて身を乗り出した。
(そうか──この子たちは、宮殿の外を知らないんだ)
 落ちないよう妹姫を支えてやりながら、風神は気づいた。両親や従者からの愛情を存分に受けて育っていても、この旅で見聞きする外界のすべてが、双子には新鮮なのだ。自由に飛び回れる自分とは違う。
(悪かったな、怒鳴ったりして)
 姉姫が見つかったら、まず謝ろう。珍しく殊勝な決意をした風神の耳に、鳥のさえずりが飛び込んできた。1羽や2羽ではない。何十、何百羽という鳥が、いた。彼らが行きついた、崖の高みに。
 そしてその鳥たちの中央に、姉姫がいた。丸い黄色の竪琴を大切そうに抱いて。姫が弦を鳴らすと、鳥たちがいっせいにさえずりだした。緑の竪琴より、わずかに音が低い。やわらかい、聴く者を幸福にするような音色だった。
「見てて、ふたりとも」
 さっきの不機嫌が嘘のように、姉姫が竪琴を鳴らす。崖が、さえずりに包まれる。
 風神は謝るのも忘れて、その光景に見とれていた。妹姫は木と話す力を示したが、姉姫のほうはどうやら、鳥と心が通じるようだ。
「なるほど、“鳥躍る谷”ね。……だけど、どうやってこんなところまで昇ったの」
「鳥さんが、乗せてくれた」
 姉姫は、うやうやしく一礼して隣を指す。いちだんと美々しい黄色の鳥が、羽ばたいた。
 やがて日が沈み、鳥たちが鎮まるまで、姉姫は竪琴を手放そうとしなかった。双子が寝入って、ようやく竪琴を天宮へと送り、風神は空の動きに目を凝らす。
 流れ星の一団が近づいていた。
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