SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

山のこだまと海のしぶきと 第26話

2011-09-09 18:08:42 | 書いた話
 小さな馬の牽く馬車は、驚くべき速さで山の集落へと飛び戻った。
 オルランドとサンチャは、何が何やらわからぬまま、馬車の客となっていた。
 騒動を招かぬよう、テレサおばさんだけには、わけを話した。元気になったサンチャ、ソニアとエスペランサにも引き合わせた。テレサおばさんの驚きと喜びは、記すまでもないだろう。
 倍の人数を連れて帰ったエスペランサとソニアに、集落は騒然となった。そのうえ、サンチャもオルランドも、ただの客人ではない。ソニアの実の母と双子の兄とあっては、一族の身内そのものではないか。
 長老へは、弁の立つエスペランサがおおまかに事情を話した。長老は黙ってエスペランサの物語ることを聞いた。問いただしたいこともあったろうが、何も訊かなかった。
 むしろ動揺したのは、ティトだった。
「エスペランサ。誰なんだ、その若い男は。その豪華なベールだって、どうしたんだ」
 指す先にいたのは、すらりとした青年だった。風神だ。人波から少し距離を置いて、涼しい顔で佇む青年は、ティトでなくとも人々の興味を惹かずにはおかなかった。
(どうしよう……風の神さまだと言っても、みんな信じてくれるかしら。それに、海の神さまがくれたベールだなんて……)
 エスペランサは風神をちらりと見る。と、その思いを察したように、風神がエスペランサとティトに向かって笑いかけた。
 つり込まれて人々の視線がそちらに向いたとき、どこからともなく心地よい風が吹き始めた。ほのかに甘い花のような香りを含んだ、まさに薫風だった。
「この地の善き人々に、末永く希望の風を。この風神が約束しよう」
 気づいたときには、風神の姿はなかった。
 エスペランサは「ありがとう、風神さま」と唱えた。胸のなかでそっと、深く。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山のこだまと海のしぶきと 第25話

2011-09-03 09:03:08 | 書いた話
 占い婆の館を訪れた際、エスペランサが授かった白銀の櫛は、人々が見つめる前で、きらめくシルバーブルーのベールへと変化していった。
 髪飾りをしぶきとすれば、ベールはさながら、流れ落ちる波そのものだった。絹糸のような滑らかな肌ざわり。そして、木綿のようなしっかりとした手応え。誰も、こんな織物を見たものはなかった。
「一体、どういうこと……?」
 ベールをまとったエスペランサが嬉しげに囁く。
「花嫁にはベールが入り用でしょう。これは祝いの品です」
 答えたのは風神だった。
「祝いの品……」
 やっと少し事態が呑み込めてきたオルランドが問い返す。
「ええ」
 誰からの──という続く問いを、風神は穏やかだが強いまなざしで封じた。その代わりに、居合わせた全員の心には、同じ答えがおのずから浮かんでいた。
 海から来た銀髪の美丈夫。
 サンチャの生命をよみがえらせ得る、不可思議な力の持ち主……
 ならば、波を思わせるベールが、結婚の祝いの品というのもうなずけよう。
 エスペランサはベールの感触を楽しむように、きらきらと光る糸に幾度も両の手をくぐらせていた。ソニアはそんな娘の様子を、変わらずおずおずとではあったが、どこか満ち足りた様子で眺めていた。
 そのきゃしゃな手を、ずっと離そうとせず膝に乗せているのがサンチャだった。失われた数十年の月日を、いちどきに取り返そうとするかのように。
 そうやって暫くの時が過ぎたころ、風神が切り出した。
「では、そろそろ行きますか」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする