SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

天宮行進曲 第6話

2018-06-05 11:23:32 | 書いた話
言うが早いか、ベルナルドは店のカウンターの内側に回り込む。勝手知ったる手つきで、取り出してきたのは五線紙。真新しいそこに、流れるような文字が記される。『星と牧』。「ふむ、なるほど」のぞきこんだ風神がおもしろそうに言った。「表題は決まった、というところか」ベルナルドは答える代わりに、五線紙をめくる。「細かいところはまだ後回しだがな」──そう言いつつ、ベルナルドは五線紙にペンを走らせる。泉に水が湧くように、次々と音符の連なりが生まれでる。「すごいな。こうして曲が生まれるとはね」風神はあくまで愉快そうだ。一方のカレータはその様子を見守りながら、ある予感を抑えきれずにいた。なぜなら、この調子でいけば──。案の定、しばらく進んだとこ ろでベルナルドは手を止めた。「よし、ここで“婚礼歌”だ。合うか調子を見たい。一度歌ってみてくれ」「婚礼歌、って……あれ、行進曲に合わないだろ」「そのあいだぐらい立ち止まればいいだろう!」「そんな無茶な……」カレータはベルナルドの表情をちらりと見る。見て──(ああ……これは、本気だ)そう悟った。これは、歌うしかないようだ。と。耳をつんざくような大音響が店を揺らした。歌う体勢を取りかけていたカレータは、あやうくつんのめりそうになる。しかしベルナルドは、動じたふうもない。「ふん……馬車の次は雷か」「か、雷⁉」これ見よがしな溜め息をついたのは、風神だった。「……きみたちがのんびりしているから、わたしが遊んでいると思われたらしい」「……はい?」カレータには、事態がさっぱり呑み込めない。「今の雷は、わが母にして天帝夫人たる雷神のいかずちさ」「雷神……?」また新しい神が出てきた。その混乱も収まらぬうち、今度は雨とも川ともつかぬ水音が響いた。「……やれやれ」風神が肩を竦める。「なぜおまえまで?」「様子を見てこい、だとさ」よく透る声がして、姿を見せたのは、風神に似た青年だった。
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