SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

あたたかき、高畠

2010-08-30 13:33:38 | Weblog
 山形県の高畠に行ってきた。祖父の記念館でのイベントに参加するためだ。祖父の童話をモチーフにしてブルガリア出身のギタリスト兼作曲家が曲を作ってくれた。「赤おにの物語」といえば、原題を思い浮かべる方もあろう。世界初演となる演奏を受け持ってくださったのは、この曲を委嘱なさった女性ギタリストと、彼女の率いるギターアンサンブル。これに、地元の「おはなしキャラバン」の方の朗読がつき、作曲家自身が指揮をして、無事に初演がおこなわれた。快活だけれどどこか不器用な赤おに。思慮深く優しい青おに。対照的な二人の鬼のテーマが奏でられる。村人との対立と和解、そして友との別れ……作品のエッセンスを巧みに汲んだ心に沁みる曲と、キャラクターの姿が生き生きと立体的に浮かぶような演奏、ツボを得た朗読により、大変魅力的かつ感動的な初演になったと思う。ほかに地元の子どもたちの合唱などもあり、多彩なプログラムに、ホールを埋めた人々から拍手が続いた。
 この祖父の記念館、そして記念館のある山形県高畠町を訪ねるたびに感じるのは、人の気持ちの温かさだ。親戚、知人はもちろん、記念館の職員の方々、駅や宿の方々、行き合う人々が皆温かい。独特の高畠言葉のぬくもりを思い出すたびに、また来たいなあとつくづく思う。特に今回嬉しかったのが、朗読をしてくれた「りっちゃん」さんとの再会だった。以前お会いし、意気投合したのに、わたしの不義理で音信不通になったままだった。偶然にもこのたびの語り手が彼女とわかったときの嬉しさ。リハーサルのあと、思い切って声をかけた。明るい笑顔で元のままに接してくれた「りっちゃん」さんに、会えたときのためにと持参していた『フラメンコ入門』をもらっていただくことができて、やっと胸のつかえがとれた。別れ際、大事なものだろうに、綺麗な貝のお守りを手渡してくれた「りっちゃん」さん。本当にありがとうございました。今度こそ、ご縁は切らさず大切にします、なぜか懐かしく感じられる高畠の思い出とともに。

感謝その2

2010-08-26 08:26:38 | Weblog
 連日同じ話題で恐縮だが、きのうに引き続き、『物語(ストーリー)で読むフラメンコ入門 用語辞典AtoZ』に寄せられた感想の話を。本ができてきて1週間、初めて父親となった喜びに浮かれ騒いでしまったが、さすがにそろそろ終止符を打つので、今日までは、ひらにご容赦願いたいm(__)m
 こちらは、フラメンコにお芝居にイベントにと、パワフルに活動する女性から。感性豊かな詩を書く方でもあり、以前からブログにもコメントを頂いていた。今回、会場で初めてお会いできた。
「やっとお会いできて、心のこもったサインをいただいて、本当にありがとうございます! たくさんの人が読んでくれますように、これからも応援させていただきます」
 実際、新人公演にいらしていたお友達の皆さんも購入してくださったとのこと。こちらこそ、本当にありがたい。
 もうひとつ、以前からの知り合いだった女性から。自分なりのペースで着実にフラメンコと向き合ってきた人だ。
「内容もイラストもとっても素晴らしく素敵です。テーマごとのプチストーリーは、読んでいると心が深まっていきます。大切に読んで、忘れないようにしたい内容ばかりです」
 いや、忘れないようにしたいのはわたしのほうだ。
 物語の書き手として、決して忘れたくない言葉の数々。昨日の彼女の率直に響く言葉、嬉しいコメントをくれたLさん、今日ここにご紹介する胸に沁みる言葉……また日記には挙げないけれど、友人知人からいただいた多くの祝いや励ましは、わたしの新たな原動力になってくれるだろう。そしてむろん、無理をきいて制作に携わってくれたA社のCさん、C社のSさん、イラストの照紗さん、旧友でありチャンスをくれた濱田吾愛氏に、この場を借りて改めてお礼を言いたい。さて、また書いていこうか、無理せず、自分のリズムで。

感謝

2010-08-25 13:00:06 | Weblog
 先日来このブログで紹介させてもらっている『物語(ストーリー)で読むフラメンコ入門 用語辞典AtoZ』。先週末の3日間、フラメンコ協会主催新人公演会場で販売させていただいたところ、なんともありがたいことに、トータルで70冊以上が売れたという。実はわたしも合間にちらほらと、様子を見に行かせていただいた。そのとき、折よく顔を合わせた読者の方もあった。
 さっそく本に対する意見が次々と寄せられている。その感想をひとつご紹介したい。たびたびこのブログにコメントを寄せてくれている、素敵なフラメンカさんの声だ。「本は一気読みしました。明日から大事にゆっくりまた読み直します」……物語作者として、まず一気に読まれ、それからゆっくり読み直してもらえる、こんな幸福な読まれかたもそうはあるまい。生まれたばかりのこの本の、幸先のよいスタートに感謝しつつ、さらにできることを探して、微力な作者として頑張ってゆきたい。

対面

2010-08-20 10:20:40 | Weblog
 先日このブログで紹介した旧友・濱田吾愛さんの著書『物語で読むフラメンコ入門 用語辞典AtoZ』が、昨日無事にできあがり、対面を果たした。
 実際に手にしてみると、持ちやすく軽い。写真と文字のバランスもよく、全体に読みやすい気がする。それぞれのストーリーの前に置かれた扉絵が、やはり圧倒的な輝きを放っている。著者がセレクションに悩んだという用語も含め、今まであまりなかったタイプのフラメンコ入門書になるのではないかと思う。
 あとわたしが嬉しかったのは、いわゆる奥付のページ。そちらでは、著者の欄に「濱田吾愛/新渡 春」と書かれてあるのだ。確かにストーリーを提供したのはわたしなのだが、著者として認定してもらえたようで素直にありがたかった。 
 実はこの『物語で読むフラメンコ入門 用語辞典AtoZ』は、楽器店・書店に先駆けて、本日お披露目を果たす。日本フラメンコ協会さんが主催する大イベント、新人公演の会場で、販売させてもらえることになったのだ。本日20日から22日までの3日間、なかのZERO大ホールにて、パセオさんのブースの一角をお借りして販売してもらえることになったので、お出かけになる方は覗いてみていただけたら幸いだ。

初盆

2010-08-19 00:22:18 | Weblog
うかうかしているうちに日付が変わってしまったが、18日はいわゆる盆の明け……と書こうとして気になって調べてみたら、どうもお盆の明けは16日らしい……中日の翌日がもう明けなのか……orz。いい歳をしてお彼岸よろしく前後でトータル1週間だと思い込んでいた我が身が恥ずかしい。
というわけで少々長めになってしまったが、今年はわたしにとっては母の初盆。父も心に期するものがあったらしく、器用にキュウリの馬とナスの牛を作り、我が家の仏壇に似合った小さな盆提灯も見つけてきた。現在仏壇には、両家の祖父母と母の位牌が収められてある。母は当然と言えば当然なことに、嫁ぎ先である父方のお墓に収められた。幸い両家の仲はよかったし、舅・姑にあたる父の両親も母を可愛がってくれていたので、母は、父方の祖父母と一緒に帰っていったろう。竹を割ったような性格の母方の祖母がやや名残惜しそうにそれを見送り、万事において動じない母方の祖父が落ち着き払って見守っている、そんな光景がなんとなく浮かんで、勝手に微笑ましくなった夜だった。

物語で読むフラメンコ入門 用語辞典AtoZ

2010-08-13 12:30:28 | Weblog
 このたび、1冊の本が出版されることになった。書名は『物語(ストーリー)で読む フラメンコ入門 用語辞典AtoZ 新渡春によるフラメンコ・ショート・ストーリー付き』。著者は旧知のライター・濱田吾愛さんだ。文字通りAからZまでの基本的なフラメンコ用語を、簡潔な解説つきでまとめたものだ。用語辞典のほか、フラメンコの歴史、魅力、曲種の紹介、多彩なコラムも収録されていて、フラメンコにこれから親しもうという人にも、すでに関わっていてさらに知識を深めたい人にも、嬉しい1冊となっている。
 そしてわたしは、同じくAからZまでのショート・ストーリーを提供させてもらった。骨子となっているのは、『パセオフラメンコ』にかつて2年間にわたって連載したファンタジーだ。この作品は幸せなことに、連載終了後もたびたび朗読つきコンサートに取り上げられるなどして、命脈を保ってきた。今回は編集さんの希望もあって、連載当時はなかったWとXのストーリーを書き下ろさせてもらった。これでアルファベット26文字分がそろって、わたしも安堵している。さらに非常に嬉しかったのが、全26話に、描き下ろしの扉絵がついたことだ。描いてくれたのは、デザイナー・イラストレーターの照紗さん。以前からストーリーを読んでくれていたこともあり、どの絵も、物語世界を倍にも3倍にもふくらませる素晴らしい仕上がりだ。自分が作者なのも忘れてつくづく眺めてしまうイラストも少なくない。作家として、これ以上の贅沢はあるまい。
 このマニアックな本の出版を引き受けてくれたのは、著者もわたしも以前から世話になっている出版社、株式会社ショパン。きめこまかい編集を手がけてくれた制作会社は、株式会社アルスノヴァ。本当にありがたいことだ。音楽関係の出版社ということもあり、まず楽器店に今月25日ごろ、それから書店に今月末ごろに並ぶ予定だ。定価は1300円+税。どこかで見かけたら、手にとってみていただければありがたい。

天の恵みを持つ娘・最終話

2010-08-10 12:12:13 | 書いた話
「ベロニカ──」
「ええ、ニコ」
 ふたりは、小籠に駆け寄る。小籠の蓋を、ベロニカが急いで開けた。
 中から、まん丸い子犬が顔を出した。ベロニカの腕に、元気よく飛び込んでくる。
「シルクロ……!」
 ベロニカの頬を濡らしていた涙が、歓喜の涙に変わる。どこからどう見ても、間違いなく、子犬に戻ったシルクロだった。
 そのとき、泉の奥から、
──今回だけよ。
 低く響く、女性の声がした。
「エスト……やっぱり、あなたが力を貸してくれたのね」
──小さなエストが、助けてと頼むから。でもあなたは、悲しみで彼女の声も聞こえなかった。だから、その子は彼に呼びかけたの。
 ベロニカは、ニコラスを見上げる。その腕のなかで、シルクロがひとつ伸びをした。
 泉の女神が、静かに言いつないだ。
──いい? 小さなエストは、何もかも忘れて産まれてくるわ。あなたたちは、ありのままの、その子を受け入れてあげてね。
「わかった。もちろんよ、エスト。誓うわ」
 ベロニカが、力を込めて言った。

 医者も驚くほどの安産で産まれてきた女の子は、エストと名づけられた。
 何も変わったところのない赤ん坊だった。ふつうに泣き、笑い、そのうちふつうに言葉を覚えた。ベロニカもニコラスも、ごく当たり前の子として彼女を育てた。
 小さなエストのそばにはいつでも、まん丸い犬──シルクロが付き添っていた。
 やがて、エストがもう少し大きくなったころ。時々意味ありげにシルクロを眺めている姿を、両親は目撃することになる。ベロニカとニコラスは、数年前の、あの1日のことを思い出し、おだやかに笑い交わすのだった。

(了)

天の恵みを持つ娘・第11話

2010-08-09 11:17:10 | 書いた話
「……お願い、ニコ。一緒に来てほしいの」
 知り合ってこのかた、これほど弱気なベロニカを、ニコラスは見たことがなかった。無理もない。シルクロは、彼女にとって普通の犬ではないのだ。
 ニコラスにしても、それは同じことだった。あの初夏の日、高台の城跡にシルクロが駆けてこなかったら。ベロニカが彼を追ってこなかったら。自分とベロニカは、知り合うチャンスさえなかったかもしれない。それを思えば、シルクロには大きな恩がある。
「うん。行こう、ベロニカ」
 ニコラスは、励ますように言った。

 星の泉が近くなるにつれて、シルクロを入れた小籠を抱いたベロニカの足取りは鈍った。時折通行人が、ベロニカやニコラスに気づく。だが話しかけてはいけない空気を察したのか、声をかけてくる者はいなかった。
 日のあるうちに、ふたりは泉の前に来た。 
 ベロニカが、小籠を泉のほとりに置く。
「ここでいいわ。あとはきっと、エストが泉に迎え入れてくれる」
「ベロニカ……」
「おやすみ、シルクロ。ゆっくり眠るのよ」
 ベロニカは言うなり身を翻し、ニコラスの胸に顔をうずめた。そのまま、いくばくかの時が流れていった。ベロニカもニコラスも、微動だにしなかった。やがて、ニコラスの耳が小さな声をとらえるまでは。
 旅人の心を灯すカンテラの炎のような、小さいけれど確かな声を。
──パパ。ママに伝えて。大丈夫よ、って。
 自分を「パパ」と呼んだ、ということは。
 ベロニカが涙にくれた顔をあげる。
「どうしたの、ニコ」
 ニコラスは、今自分が聞いた言葉を、そのまま伝えた。 
「じゃ……小さなエストが、あなたに?」
 と、小籠の中で、何かが動いた。

天の恵みを持つ娘・第10話

2010-08-07 08:07:11 | 書いた話
 小さなエストは、時に驚くような知らせをもたらした。ニコラスの父、ロレンソから手紙が届くことも、彼女が最初に教えた。ニコラスが目を丸くする。ベロニカが覗き込む。
「どうしたの?」
「父さんが……また、ギターを造るって」
 かつてホアキン・ミラとともに、ギター造りを志したロレンソ。家業を継ぐため夢を諦めたロレンソが、孫ができたのを機に、ふたたびギター造りに取り組むという。
「素敵。じゃ、いずれお義父さんのギターをあなたが弾いて、わたしが踊れるわね」
「うん。楽しみだね」
 ベロニカと小さなエストのおかげで、やっと親孝行ができそうだな……そう考えると、ニコラスは素直に嬉しかった。

 が、予定日を間近に控えたころ、ふたりにとって、大きな〈事件〉が起こった。
 切り出したのはベロニカだった。
「シルクロ……大丈夫かしら」
「うん……ぼくも、気になってた」 
 ニコラスが応じる。シルクロは、小型犬にしてはもう充分すぎるほど長生きしていた。このごろはエサも食べずに眠ってばかりで、弱っているのは誰の目にも明らかだった。
 そうして、よく晴れた朝。
 ずっと寝床にしていた小籠の中で、シルクロは、目を閉じたまま動かなくなっていた。ベロニカが何度呼びかけても、もう顔を上げない。ベロニカの顔色が変わる。すがりつくように、かたわらのニコラスを見た。
「ニコ、どうしよう。シルクロが」
 ニコラスは、かける言葉がなかった。
 ベロニカは、大きな瞳に涙を溜めたまま、目線を落とした。
「星の泉……」
「え?」
「シルクロを星の泉に連れてって、って言ってるの。小さなエストが」

天の恵みを持つ娘・第9話

2010-08-05 11:17:16 | 書いた話
 その後も、ベロニカと赤ん坊の〈会話〉は続いた。会話に入れないニコラスはいささか寂しくもあったが、ベロニカの言うとおり、男親の出る幕はなさそうだ。
 予定日が近くなるにつれて、ベロニカの踊りはいよいよ深みが増したと評判が立った。ベロニカの希望もあって特に演目を変えたりはしなかった。が、動きのひとつひとつに慈しみとやわらかさが加わり、それが踊りにいちだんと魅力を与えていた。
 中には、ニコラスのギターやペドロの歌のサポートを褒める者もあった。しかし、ニコラスもペドロも、いちばんの手柄はベロニカと、おなかにいる赤ん坊のものだ、と自覚していた。
 そんな、ある晩のこと。
「──そう……エスト、ねえ」
 不意にベロニカが呟いた。
「どうしたの?」
 ニコラスは、手紙を書いていた手を止めてベロニカに尋ねる。
「この子ったらね。自分の名前はエストにしてくれ、って言うのよ」
「エスト?」
 それは、ふたりには思い出深い、〈星の泉〉のあるじの名でもある。
「紛らわしいと思うんだけど、……どうする、ニコ?」
「まあ──〈彼女〉が、異存ないならね」
 もし、〈星の泉〉の女神たるエストが認めなければ、いかにドンを持つ赤ん坊でも、それは許されないだろう。
 ややあって、ベロニカが言った。
「エストも、承知みたい」
「じゃ、ぼくらに止める権利はないね」
「せめて、『小さなエスト』って呼ぶわ」
 ベロニカは「敵わないわね」と言うように肩をすくめた。
「この子が産まれてきたら、しっかり躾けなきゃ。あんまりわがまま言わないように」