SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

てのひらの上の不思議ばなし1「古いピアノ」

2013-02-25 15:45:07 | 書いた話
 ピアノの上には、小さな花かご。ピンクや赤の愛らしい花々は、3年間咲きつづけている。当たり前だ。特殊加工を施された花は、枯れることはないのだから。
(それに比べてレトロよね、このピアノは)
 ぽろぽろと鍵盤を鳴らしながら、彼女は考えた。今日も、生徒に言われたのだ。
「先生のピアノって、ほんと古いよね」
(そりゃ古いわよ。100年前のだもん)
 漆黒に輝くグランドピアノは、20世紀後半に造られたものだ。「古い」と言われても仕方ない。それでも、その重量感、存在感を、彼女は大いに気に入っていた。象牙の鍵盤に触れると、なんとも言えないぬくもりが伝わる。新しい楽器も、もちろん悪くない。でも古い楽器には、古いものだけが持つ佳さがあると、彼女はいつも思っていた。
 そんな彼女を、友人たちはアンティーク趣味と評する。それも、もっともだ。家具は、古道具屋を回って集めたものばかり。服も、天然素材のものがほとんどだ。プラスチックや金属に囲まれて過ごす友人たちから見れば、さぞかし奇妙に映ることだろう。
 しかし、彼女は孤独ではなかった。友人は多いし、ピアノ教師として生活していくだけの生徒にも恵まれている。ピアノの上の花かごも、生徒たちからのプレゼント。何ひとつ、不満はなかった……。
(あら。また停電)
 いつのまにか、部屋の電気が消えていた。
 急速に進む都市の電脳化のためか、ときどきこうして停電が起きる。彼女は軽い溜息をついて、目の奥の赤外線スコープをオンにした。一目見ただけでは人間と区別のつかない指先を動かし、電波を操作する。街の中枢コンピューター・システムにちょっと侵入することなど、彼女にはたやすいことだ。
(こういうとき、アンドロイドは便利ね)
 くすっと笑って、彼女は愛する古いピアノに向き直った。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ご存じの方もそうでない方も

2013-02-20 01:40:48 | 書いた話
どこかのキャッチコピーのようなフレーズですが(苦笑)。
「てのひらの上の不思議ばなし」というシリーズタイトル、ご存じの方もあるかもしれません。ピアノ音楽誌・月刊『ショパン』にかつて隔月連載されていた、ショートファンタジーのタイトルです。わたしにとっては、隔月とはいえ、初めての雑誌連載でもありました。
連載はやがて終了したのですが、その後も折りに触れて、この800字のショートストーリーを書き溜めていました。が、発表の機会を持たないまま別の物語を書き継いで今に至っていました。
けれど、一連のシリーズを終えた今、ふと、わたしの原点ともいうべきショートストーリーの世界に立ち返りたくなりました。そこで、このブログで紹介していこうと決心した次第です。
いきなり特別編で始まるのには、理由があります。知人を介して知り合った、画家の戸田勝久さんの絵に合わせた物語だからです。戸田さんのアクリル画には、独特のファンタジー、詩情、ノスタルジーが香りますが、クリエイターならではの矜持とダンディズムに彩られています。最近の個展で拝見した作品『明日の月』が、今回の物語を生んでくれました。そしてありがたいことに戸田さんから、絵の掲載許可もいただきました。
ですから、物語と一緒にアップした絵には本当は「『明日の月』©戸田勝久」のクレジットが必要なのです。わたしがネットに弱いばかりにきちんと表示できなくて申し訳なかったのですが(そしてわたしのブログの読者には勝手な真似をなさる方はいないと承知していますが)、転載などはくれぐれもお考えになりませんようにお願いします。
次回からは、結構な年月眠っていた物語たちを少しずつ起こしていきます。いずれも、音楽や音にちなんだショートストーリーです。どうぞ、ご期待ください。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

てのひらの上の不思議ばなし 特別編「あしたの月」

2013-02-19 23:46:59 | 書いた話
 あしたは、きっと。
 あしたはきっと、着くだろう。
 あの、昼の、月に。
 暖炉の薪は、どうにか足りそうだ。
 旅立ってから、何日過ぎただろう。
 あの緑の星の景色は、もう遥かに遠い。

 さびしい、小屋。
 羊飼いの老人が神に召されたのは、どれぐらい前のことだったか。
 独り暮らしの老人だった。
 羊と、風と、月だけがそばにいた。
 老人が去り、羊も去り、風も去った。
 小屋に、思い出だけが残った。
 ぽかりと、昼の月が出た。
 すきとおったような空だ。
 気づいたときには、小屋は飛んでいた。
 あの、昼の、月をめざして。

 孤独な、旅。
 それでも。
 少しひらいたままのカーテンは、なおも映すだろう。
 優しい色の牧草をはむ、白い小さな羊たちの影を。
 三つの小さな窓は、静かにうたうだろう。
 入江から吹き上がる風の歌を。
 
 あした。
 小屋は懐かしい声を聞くだろう。
 ──来たかい。
 それは、老いた羊飼いの声。
 おだやかな灰褐色の月の上で、ものごとは受け継がれていくだろう。
 白い小さな羊たちは、夜のない牧に遊ぶだろう。
 水のない入江には、風の歌が吹きわたるだろう。
 それは、日々の暮らし。
 小屋と羊飼いの老人の、愛する暮らし。


Dedicated to Katsuhisa Toda

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

異国の鳥 あとがきにかえて

2013-02-06 13:46:16 | 書いた話
昨年の早春、初めて訪れたスペイン北部。名高いグッゲンハイム美術館の、珍しくあまり人のいない一角に、その彫像はありました。ルーマニア出身の美術家ブランクーシ作の「宇宙の鳥」。一見鳥には見えないその姿が北の森を背にすっくと立つ様子を眺めているうち、頭のなかにひとつのメロディーが流れてきました。それが、この物語の原点になりました。
これまであまり触れてこなかったティトを主役にすることで、ニコラスとの間に「外の男」という共通点も生まれ、物語が進めやすくなりました。ティトとニコラス、エスペランサとベロニカ、エストとエスト、音楽と血縁を通じたそれぞれの感応を楽しんでいただけたら幸いです。
今回もキャラクターたちの自由さには時折びっくりさせられました(相変わらずの作者:汗)。ことにエストが“木”のことを言い出したときには、そこからラストまでの流れが一気に溢れ出して、書き留めるのがたいへんでした。なぜアーモンドだったのか……このシリーズを最初から読んでくださっている方には、説明不要ではないでしょうか。
ちなみに“鳥”という単語、スペイン北部に位置する地域の言葉では綴りが違います。本来の綴りでは印象が違いすぎるため、読みやすい綴りに変えてあります。決して原語をないがしろにしたわけではないので、ご了承いただければと思います。
また最後の段落の2文には、今度こそシリーズをしめくくる気持ちをこめて、さりげない仕掛けをほどこしてあります。気づいた方は作者までご一報ください。一番乗りの方には、何かお礼を考えたいと思います。
いずれ、本当に今度こそ、エストが成長したころの物語でも書くことがあるかもしれません。シリーズを通じて、気長に気長に応援してくださった読者の方々、本当にありがとうございました。皆さんに、このシリーズを捧げたいと思います。
ではまた、次作でお目にかかりましょう。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

異国の鳥 第22話(最終回)

2013-02-05 19:25:17 | 書いた話
 透きとおるような薄い色の海が、ふたりの眼下に広がる。
「この辺りみたいね」
 写真と風景を見比べながら、ベロニカ。ニコラスは肩をすぼめ気味にして答える。
「そうだね。──それにしてもやっぱり、まだ肌寒いね、こっちは」
「そりゃ、ずっと北だもの」
「ティトは、こういう場所で育ったのか……」
 感慨深けに見渡すところへ、ふたつの影が相次いで戻ってきた。
「どこへ行ってたんだ、エスト」
 父の問いかけに、エストはシルクロを抱き上げて、
「“木”を探していたの」
「木?」
「だって、“鳥”が巣立つには、木がいるでしょ?」
 思いもよらない言葉だった。
 エスペランサの家から戻ったあと、公演の合間に北へ行く、と話したとき。エストは何も尋ねようとはしなかった。ただ、
「あたしも行っていいでしょう?」
とだけ言った。
“鳥”を北の山──ティトのふるさとに帰すつもりだということは、エストには話していない。いないが、わかっていたのだろう。この娘には。
「で、木は見つかったの?」
「ええ、ママ」
 エストは、先に立って歩き出した。遠くない所に、周りの緑の木々に護られるように枝を張っていたのは──
「アーモンド……!」
 ベロニカもニコラスも、目を疑った。
 アーモンドの木、だった。しかも、まるで彼らを待っていたかのように、あわあわとしたピンクの花をたわわに咲かせていたのだ。そこだけ、一足早い南の春さながら。
 ふたりの心には、同じ面影が浮かんだ。
「エスト……」
 ベロニカが、ニコラスにだけ聞こえる声で囁いた。
 ニコラスが写真を、手の届くいちばん高い枝にそっと置く。
 歌声が、した。あたたかな、うたごころに満ちた歌声が、アーモンドの花を揺らす。
 そして、鳥が、飛び立った。
 金色の翼が、名残を惜しむようにつかのま旋回し、悠々と飛び去っていった。
「さよなら……おじいちゃん」
 ベロニカが手を振る。
「なんだか、すべてがここに導かれていたみたい」
「うん。ティトと、ぼく」
「おばあちゃんと、わたし」
 そして声を揃えて、
「エストと、エスト」
 お忘れなく、と言うように、足許でシルクロが跳ねる。
ふたりはどちらからともなく頷いた。
 今が、そのときだろう。
「おいで、エスト」
 ニコラスがエストを引き寄せる。ベロニカが語りかけた。
「あなたにお話があるの。長くなるけど、大事なお話なの。ちゃんと聞いてね」
「わかったわ」
 エストは聡い眼をして答えた。
 春の恵みの光を受けて、アーモンドの花びらが風に舞う。一家の声はやがて明るいこだまとなって、北の山を渡っていった。

(了)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

異国の鳥 第21話

2013-02-02 10:21:23 | 書いた話
 針箱に表れたChoriの文字は、年を経てくすんだ木の蓋の上で、“鳥”と同じ、黄金の色にきらめいていた。
「Chori。“鳥”……」
 ベロニカの呟きに応じるように。
 軽いばね仕掛けの針箱が、ひらいた。
「やっぱり、鍵だったんだ。この写真が」
「ええ、ニコ」
 答えながらベロニカの瞳は、針箱の中に釘付けになっていた。
 針1本、糸1本、そこにはなかった。
 入っていたのは、1枚の紙片。
 色褪せることのないインクで記された、躍るような文字が並ぶ。
 こらえていた涙が、ベロニカの頬に滴り落ちた。
「……おじいちゃんの字よ……」
 またとない丁寧さで、ベロニカは紙片を取り出した。今度はふたりにも読める言葉で、メッセージが綴られていた。
「愛するエスペランサ。
 もしぼくがきみを置いて死んだら、ぼくのものはすべて焼いてしまってほしい。
 ぼくは、異国の鳥だから。
 ぼくの一族は、この国を追われた民だった。それでもぼくの両親は、北の山里に身を潜め、ぼくを都会へと送り出してくれた。ぼくの未来のために。
 でもぼくの出自が人に知れれば、きみも家族も無事では済まないだろう。名舞踊手エスペランサの栄光は地にまみれるだろう。
 きみは言うだろう。そんなことは大したことじゃない、と。
 だが、それはぼくが許さない。
 きみは、いつも幸福でいてくれなければ。
 だからエスペランサ。約束してほしい。ぼくのものは、何ひとつ残さないと。
 ぼくを愛しているなら、約束してほしい。
 自由の翼を手に入れたぼくは、空からずっと、きみを見ているから。」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする