SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

新・指先のおとぎ話『月は見ていた』

2019-02-27 12:57:06 | 書いた話
月は、今日も大きく輝いている。心なしか、いつもより大きく見える気がする。そういえば、なんとかムーン、っていうんだっけ。ふだんより大きく見える現象。ま、わたしには関係ないんだけど。どうせあの月も、もうすぐ見えなくなる。お医者さまも言ってた。「残念ですが、いまの医学ではおそらくあと一年ほどで……」あと一年で光が失われるなら、いまのうちにもっとちゃんと見ておこう。「無理しちゃだめよ」友人たちは言う。でも好きなんだもの、月。太陽より全然好き。きっと美しい女神さまが住んでるんだわ。……なにかしら。唄が聞こえる。「窓辺に月がやってきて、子どもらを眺めてた。月はジプシー女、ばんざい、王の子孫たち……」軽やかな衣ずれの音。誰かに優しく抱かれた気がして、目を開ける。──とても、よく見える。目の病なんか、なかったみたいに。「女ですもの、わたくしだって」月神がふくよかな丸顔をほころばせ、そっと空に帰っていった。
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新・指先のおとぎ話『兎いぬかと』

2019-02-19 11:01:34 | 書いた話
猟師の合図に応えて、猟犬がほら穴へ勢いよく飛び込んでいく。確信があった。丸々とした野兎が、このほら穴に逃げ込むのを見たのだ。さして深そうなほら穴でもなし、きっと間もなく愛犬が、獲物をくわえて意気揚々と姿を見せるだろう。五分、十分……犬は戻らない。不安がきざす。十五分、二十分……もう待てなかった。思ったより穴が深かったのか、予期せぬ何かが潜んでいたのか。愛犬を見殺しにはできない。覚悟を決め、ほら穴に踏み込む。後悔はすぐに襲ってきた。どれほど長く放置されていたのか。至るところ蜘蛛の巣やら綿埃やらに溢れ、進むごとに粉塵が舞い上がる。狩どころではない。巨大な蜘蛛の巣に絡まっていた猟犬を助け出し、埃まみれで猟師は逃げ出した。静けさを取り戻したほら穴から、「やれ、驚いた」野兎の変化(へんげ)を解いた牧の神が、「兎いぬかと穴に入りゃ、兎いもせず用もなや、埃ばかりが取れてくる……」陽気な小唄を口ずさみながら現れた。
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新・指先のおとぎ話『幸せのチョコレート』

2019-02-13 16:05:17 | 書いた話
病の兄のために少女がえがいたのは、花ではなかった。ほかの子どもたちが黄色いたんぽぽの花を描くなかで、少女が画題に選んだのは、空へと舞い上がる綿毛だった。そう、夢を天高く託すように。治ることのない病を抱えていた兄はやがて命を終えたが、少女が祈りを込めてえがいた綿毛は、小さな缶にデザインされることになった。中には、同じく小さな、けれど甘くておいしいハートの形のチョコレートが詰められた。チョコレート缶はほかのデザインの缶と一緒にたちまち人気になり、歌にもうたわれた。「命つなごう、命のチョコレート……ぼくもわたしもチョコレート、ハッピーハッピー、ハッピーチョコレート……」人々がうたうその歌を、風神が聞きつけた。彼は微笑み、かたわらを向いた。「聴こえるかい、あの温かい歌声が。みんな、おまえたちが大好きなんだね」病や戦争から解き放たれて天に昇り、新たな命を授かった風花の子どもたちが、幸せそうに笑った。

『チョコレートのうた』https://youtu.be/y31TXTm66sg
コメント (3)
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新・指先のおとぎ話『光の遺言』

2019-02-08 13:59:30 | 書いた話

知らせを受けて天帝が妻の居室へ向かったときには、すでに遅かった。光の女神として天地に光を分け与え、その光を絵にえがいてきた妻は、しかし、生まれつき身体が弱かった。「……陛下」女官長が、涙をたたえて天帝を迎える。慣れない天宮暮らしにも、いつも温かな笑顔を見せ、一度も愚痴をこぼさなかった妻。「こちらへ」導かれるまま、奥の画室へと足を踏み入れる。知らないうちに、命数を縮めるほどの気苦労を抱えていたというのか。千々の後悔に乱れる天帝の耳が、歌を聴く。「恐れおののくわれらがもとに、すわ一閃の稲光、かくてひとりが黒焦げに……」はやる想いで見渡すと、一枚の絵が目に入った。明るくおそろしく、天頂からほとばしる一筋の稲光。豊かな実りをも非情な裁きをも与え得る、強くあざやかな光。「……なるほど、これは丈夫そうだ」天帝の泣き笑いが画室に響いた。妻の“遺言”通り天帝が雷神を妻にめとったのは、その少しあとのことだ。

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