SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

天宮行進曲 第3話

2017-12-31 15:51:42 | 書いた話
……やはりな。ベルナルドは嘆息した。どうやら今、自分の両の目に見えているものは、幻でもなんでもないらしい。そうと決まれば、きわめて不本意ではあるが、その事実を認めざるを得ないようだ。ベルナルドはやれやれと、諦めをこめて肩をすくめた。「……馬車、だな」「だろ⁉」間髪を入れず、カレータ。二人の目の前には映画にでも出てきそうな二輪馬車が、麗々しく佇んでいるのだった。優しい目の小柄な栗毛の馬が、賢そうなまなざしを二人に向けた。──店が、どこも壊れた様子がないのが不思議だった。こんな馬車が外から突っ込んできたのなら、店が無事であるわけはないのに。けれど、酒壜1本、グラスひとつ割れた気配はなかった。そう、まるで空中から現れでもしたように。または空から舞い降りてきたように。思わず浮かんだ考えを打ち消すべくベルナルドが首を振ったとき、若そうな男の声がした。「ベルナルド・ラビノとお見受けするが」ベルナルドの片眉がぴくりと上がった。声は、馬の手綱を引く御者が発したものらしかった。その顔はマントにすっぽり覆われて、人相・風体などはまるでわからない。「──御者さんよ」ベルナルドは低く切り出した。その様子を見ていたカレータは、御者に同情する。(誰か知らないけど、これはまずい……だって)「いきなり呼び捨てとは、いい度胸だな」(ほらね)ベルナルドが存外に礼節を重んじることを、カレータはよく知っている。ところが。御者は非礼を詫びるどころか、なぜか楽しそうに笑い出した。「なるほど胆が据わっている。これなら道中も大丈夫だな」「なんだと!」「まあ落ち着かれよ」御者かが立ち上がりマントをはね上げると、すらりとした青年の姿が現れた。「わが名は、風神。天宮の命を受け、お迎えに上がった。このたび、われらが天宮の慶事を彩る行進曲の作曲をそなたに依頼した。すみやかに馬車に乗り、天宮へお越しいただきたい」「……天宮、だと?」