エスペランサの公演には、当然いつもティトが同行していた。あるいはマネージャー、あるいは運転手として。時代はやがて馬車から自動車の世の中に移り、流行に敏感なティトはいちはやくそれを取り入れた。
けれど、ティトがエスペランサのために舞台で歌うことは決してなかった。そこは自分の仕事ではないとわきまえていた。
そのかわり、公演が終わり家に戻るたび、エスペランサはティトに歌を所望した。エスペランサ、そして子どもたち、孫たちは、ティトのかたわらに集まって、その歌に耳を澄ませた。ティトは公演旅行の間に覚えた歌を、巧みに節をつけて歌ってみせた。さほどの腕前とは言えなかったが、ギターやピアノを奏でながら歌うこともあった。
「ピアノも弾けたんだね」
「子どものころに少し習ったそうよ」
ベロニカは、遠い日々を懐かしむように答えた。
別れは、あまりに急だった。
エスペランサをステージへと送り出し、舞台袖から楽屋へと戻る通路で、突然にティトは倒れた。居合わせたスタッフは急いで救急車を手配し、公演を止めようとした。
「……知らせないでくれ」
運ばれていきながら、ティトが呟いた。
「エスペランサとの約束なんだ……」
動揺する周囲に向けてかすかに微笑んだ、それがティトの最後のメッセージになった。
その約束が確かなものだったことを、人々は終演後に知った。
エスペランサはティトの一件を聞いても、軽く頷いたきり、笑顔でファンや後援者に対応した。すべてが終わってから、ようやく病院に向かい、もの言わぬ夫と対面した。
取り乱すことはしなかった。が、その頬を水晶のような涙が、一筋伝い落ちた。
「あんなきれいな涙は見たことがないわ」
と、ベロニカ。
けれど、ティトがエスペランサのために舞台で歌うことは決してなかった。そこは自分の仕事ではないとわきまえていた。
そのかわり、公演が終わり家に戻るたび、エスペランサはティトに歌を所望した。エスペランサ、そして子どもたち、孫たちは、ティトのかたわらに集まって、その歌に耳を澄ませた。ティトは公演旅行の間に覚えた歌を、巧みに節をつけて歌ってみせた。さほどの腕前とは言えなかったが、ギターやピアノを奏でながら歌うこともあった。
「ピアノも弾けたんだね」
「子どものころに少し習ったそうよ」
ベロニカは、遠い日々を懐かしむように答えた。
別れは、あまりに急だった。
エスペランサをステージへと送り出し、舞台袖から楽屋へと戻る通路で、突然にティトは倒れた。居合わせたスタッフは急いで救急車を手配し、公演を止めようとした。
「……知らせないでくれ」
運ばれていきながら、ティトが呟いた。
「エスペランサとの約束なんだ……」
動揺する周囲に向けてかすかに微笑んだ、それがティトの最後のメッセージになった。
その約束が確かなものだったことを、人々は終演後に知った。
エスペランサはティトの一件を聞いても、軽く頷いたきり、笑顔でファンや後援者に対応した。すべてが終わってから、ようやく病院に向かい、もの言わぬ夫と対面した。
取り乱すことはしなかった。が、その頬を水晶のような涙が、一筋伝い落ちた。
「あんなきれいな涙は見たことがないわ」
と、ベロニカ。