SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

竜の唄を継ぐもの 第1話

2021-01-22 13:22:14 | 書いた話
「あたしのグラスに、映るあんたの顔……口に含んだ少しの酒が毒の味、ああなんてこと……」古い唄を口ずさみながら女は、静かに酒を注いだ。こうしていると、本当にあの人が目の前にいるみたい。苦い笑いがこみあげる。莫迦ね、今ごろは別の女のところにいるのに。だからこうして独りで、人生最後の酒を呑もうとしているんじゃない。女は覚悟を決めて、グラスを口に運ぶ。──すぐ効く毒、のはずだった。だが、いくら待っても、死は訪れなかった。女は戸惑い、薬の容器が空なのを確かめ、グラスを見た。その瞳が驚きに見開かれる。ありふれた硝子のグラスが、みごとな紫水晶に変わっていたのだから。女は笑った。が、その笑いはもう苦くなかった。むしろ楽しげに、美しく輝くグラスを手にする。その様子を眺めていた水神見習いがほっとして窓から離れようとしたとき、間近で涼やかな声がした。「なるほど、硝子を水晶に変えて毒を浄めたわけか。やるもんだね」
(つづく)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする