SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

天に響くは水の歌 第12話

2014-11-27 17:12:06 | 書いた話
えき…すいじん? そんな神、おれは知らない。「知らなくて当然だ」「師匠」「こいつは、千年前に地中の深奥に封印したのだから」知らないはずだ。千年前では、おれはおろか姉や兄さえ生まれていない。「いいことを教えてやろう」勝ち誇ったように、疫水神。「封印ってのは、破られるためにあるんだぜ」軋るような声が、おれの神経を逆撫でする。──ああ、本当に嫌いだ、こいつの声。それは、嫌悪感からくる咄嗟のことだったんだと思う。自分でも気づかぬうちに、おれは歌を口ずさんでいた。“水返し”の歌を。──疫水神のしたり顔が、ぐしゃりと揺らいだ。ように、見えた。「……なんだ、この響きは」忌々しげな呻きが、その口から洩れ出す。「よし、いいぞ」師匠が呟いて、おれの歌に和音を重ねる。「……畜生」悔しげに毒づいて、疫水神が消えた。
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天に響くは水の歌 第11話

2014-11-21 20:41:04 | 書いた話
おれが悲鳴をあげるのと、男姿の師匠が部屋から飛び出してくるのと、どちらが早かったろう。全身の血がざわついて、とてもじっとしていられなかった。師匠が、おれを抱きすくめるようにして鋭く叫ぶ。「聞くな!」「師匠……何です、あれ……」おれの声は妙にかすれていた。毒の霧を吸い込んだように、喉がひりつく。師匠が舌打ちした。「何をしていたんだ、探りの水どもは」「──擬態って、知ってるかい?」厭な、声がした。まぎれもなく、さっきの歌をうたっていたのは、こいつだ。ひどく痩せこけた長身、均整の悪い細長い手足。虫をつぶしたような声が、その喉から洩れてくる。「貴様の配下の水に擬態するのなんて、たやすいんだよ」師匠が悔しそうに唇を噛む。「師匠……こいつは?」「ご挨拶だな、坊や」冷たい声。「教えてやろう。おれは疫水神」
コメント (2)
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天に響くは水の歌 第10話

2014-11-14 17:44:18 | 書いた話
おれの唯一の取り柄──それは第四の歌、“水返し”。喚ぶのも操るのも戯れるのも不得手なおれだが、水を水脈に治めることだけはすぐできたのだ。「いつもうちの後片づけさせてるからかしらね」師匠は笑ったが、ともあれひとつでも得意なことがあるのが嬉しくて、あとはのんびり進もうと思っていたんだ。だが──「しごくわよ」という師匠の言葉は、冗談じゃなかった。その日からおれが天宮に戻れるのは、早くて夜中。下手すると二、三日師匠の館に泊まり込むことも珍しくなくなった。おれにはまるで事情が見えない。師匠は何も説明してくれない。修業ばかりが厳しさを増して、おれの苛立ちはつのった。ある晩、今夜こそ事情を訊いてやろうと、師匠の部屋の前に立ったとき。おれの耳に、聴いたこともないような歌が届いた。どす黒い、しみのような歌が。
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天に響くは水の歌 第9話

2014-11-08 13:29:18 | 書いた話
水神の歌には、大きく分けて四つの種類がある。まず、水脈から水を召喚する“水招き”。次に、招いた水を思うように操る“水操り”。そして、さらに自在に水を動かす“水戯れ”。おしまいが、水を水脈に戻す“水返し”だ。この四つを巧みに歌い分け、自由に水を支配できてこそ、一人前の水神となれる──のだそうだ。が、しかし。おれは、四つはおろか、その一番目でつまづいているのだった。いくら歌の文句を覚えても、おれの歌に水脈は反応しない。せいぜい、申し訳程度にさざ波が立つぐらいだ。だが、師匠が同じ水脈に軽く歌いかけると、たちまちこんこんと水が湧き出るのだ。最初のころは励ましてくれていた師匠も、このごろでは、なにやら含みのある眼差しをおれに向けるばかり。まったく泣きたくなるが、そんなおれにも、ひとつだけ得手があった。
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天に響くは水の歌 第8話

2014-11-04 14:14:52 | 書いた話
「本当にそなたの変わり身には感嘆いたす」天帝の率直な讃辞を、水神は微笑みで受け流した。「ただ宮中にて女神と成るときは、もう少し華やかな装いでもよかろう」「こちらのほうが慣れておりますゆえ。それに──」意味深げな目配せ。「わたくしも、奥方の癇気には触れとうござりませぬ」天帝が言葉に詰まる一瞬に、その姿は空中に溶けていた。水滴が陽に消えるように。──深更にそんな艶っぽいやりとりが交わされているとはつゆ知らず、おれは寝こけていた。挙げ句大寝坊して朝食にもありつけず、腹に力が入らないまま師匠の館に向かう羽目になったのだった。そんなおれにでもわかるほど、師匠の表情は沈んでいた。いや、張り詰めていたと言うべきか。しかし表情とは裏腹に、師匠の口から出たのはこんな言葉だった。「今日からしごくわよ。覚悟して」
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