SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

山のこだまと海のしぶきと 第19話

2011-06-23 11:23:06 | 書いた話
 エスペランサがつけた、貝の髪飾り。オルランドやソニアが見つめる前で、髪飾りは少しずつその姿を変えていった。
 はっきりと貝殻の形をしていたものが、何かの力で引っ張られるように、細長く延ばされていく。
(これじゃ、貝の中身みたいだ)
 オルランドは思った。このままでは、ぐにゃぐにゃになってしまうのではないだろうか。けれど、オルランドがそう思った次の瞬間、さらなる変化が起きた。
(水しぶき……!)
 オルランドの目の前で、あざやかなしぶきがはじけた。いまや髪飾り──いや、髪飾りだったもの、は、美しい弧をえがく小さな波のしぶきと化していた。驚いたのは、エスペランサやソニアも同様らしい。小さな喚声をあげたのは、エスペランサだ。ソニアは、目をきょときょとと泳がせている。
「まあ珍しい。母さんが驚いてる」
 すぐ体勢を立て直したエスペランサが笑う。そっくりの顔をした自分もこんな表情を浮かべているのだろうかと、オルランドもおかしくなった。
 その一方で、まるで動じていない人物がいた。マントをかぶった御者だ。オルランドの耳に、ゆうべの少女の言葉が響く。
「馬車が着きます。待っててください──って、以上、風のお兄ちゃんからの伝言です」
と、あの娘は言わなかったか? それが本当だとすれば、このマントの男が……
「なあ、あんた……」
 意を決してオルランドが御者に声をかけた、まさにそのとき。
 家の奥から、ただならぬ声が聞こえた。
「……オル、ランド……!」
 母親の声だった。
 オルランドの顔色が変わる。
「母さん!」
 一同は、家の中へと駆け込んだ。
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山のこだまと海のしぶきと 第18話

2011-06-14 09:18:09 | 書いた話
 港のほうから、海鳥の声が上がってくる。そろそろ、漁船が朝の漁から戻る時分だ。
 母親は、眠りつづけている。呼吸は弱々しいが、落ち着いていた。
 オルランドは、時折まどろみながらも、外の様子に気を配るのを忘れなかった。
「あしたの朝、馬車が着くから待っていて」
 あの不思議ないでたちの少女が言ったことを鵜呑みにするわけではない。
 だが、わざわざ名指しで自分をからかいにきたとも思えない……。
 その刻限は、もう目の前に迫っている。
(いったい、何が起きるっていうんだ?)
 オルランドが何十回目かに自問したとき。表で、物音がした。
 オルランドは、はっと身構える。その耳に、若い男の声が届いた。
「着きましたよ」
 次いで、華やかな女性の声。
「……ずいぶん早かったのね」
「ええ。ちょっと裏道を抜けましたので」
「待って。母さんを起こすわ」
(……母さん……?)
 しばし、辺りは静まる。そして、穏やかなノックの音がした。オルランドはそっと扉を開け──言葉を失って立ちすくむ。
「あ…あんた……」
 そこにいたのは、マント姿の御者と、ふたりの女性。女性のひとりにオルランドは見憶えがあった。豊かな黒髪に、かつて自分が贈った貝の髪飾りが照り映えている。名高き舞踊手、エスペランサ。その後ろに隠れるように立つ女性とは、初めて会うはずだった。はずだったが、その顔をオルランドはよく知っていた。無理もない──自分とそっくりの顔、だったのだから。
 エスペランサもつくづく感じ入ったように、オルランドと母のソニアとを見比べては溜息をもらしていた。貝の髪飾りに、変化が現れたのはそのときだった。
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山のこだまと海のしぶきと 第17話

2011-06-05 09:59:56 | 書いた話
 朝まではまだ間のある空を、蒼い翼の馬が牽く小さな馬車が舞い降りてゆく。その光景に、目を留める者はいなかった。万が一いたとしても、おそらく夢を見ているのだと思ったことだろう。
 しかもその馬車の傍らに、奇術か何かのように、若い少女が出現したと来ては──
 少女はオルランドにそうしたように、御者に対してこともなげに話しかける。
「伝言、ちゃんと伝えたからね」
「ああ、ご苦労さま」
「それだけえ? ほんっと愛想がないんだからあ。いいわ、今度たっぷりご馳走してもらっちゃうから」
「……わかった、わかった」
 御者──風神は、使いを頼んだ雨の女神の肩をあやすように叩いた。
「約束するから」
「やったあ! 絶対よ」
 雨の女神はたちまち機嫌を直し、従兄のもとから飛び去っていった。風神が別れを告げるいとまもなかった。
「まったく、落ち着かない奴だな」
 何はともあれ、これで準備は整った。事情は呑み込めていないにせよ、オルランドは待っていてくれるだろう。

 少しでも寝ておこうか。
 そう思ったけれど、寝られなかった。
 オルランドは、母親の手の中の貝の髪飾りを眺めたまま、惚けたように座っていた。
 ようやく、わかった気がした。
 なぜ自分が昔、この髪飾りをどうしてもふたつ欲しくなったのか。
(だが……変だな)
 踊り手のエスペランサが、自分と双子でないのは明らかだった。歳だってまるで違う。だとしたら……?
(……とりあえず、待つとするか)
 馬車が着けば、真実もきっとわかるだろう。
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