SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

山のこだまと海のしぶきと 第10話

2011-03-07 18:07:04 | 書いた話
 オルランドは、母の衣装箪笥を開けてみた。よそゆきの服などありはしない。ほんの数着の服しか入っていない、いかにもわびしい箪笥だ。あのとき母は、貝の髪飾りをここにしまっていなかったか。おぼろげな記憶を頼りに、箪笥の奥に手を伸ばすと、箱の感触があった。
 慎重に取り出したそれは、埃をかぶってはいたが、品のいい刺繍を施した縫い物箱だった。蓋をあけると、縫い物のための道具にまざって、わずかばかりのアクセサリーが見てとれた。
(あった)
 見覚えのある髪飾りは、いちばん奥に、大事そうに収められていた。
「これかい、母さん」
 オルランドは、母の枕元に取って返す。母親はそれを震える手で受け取った。具合が悪いせいかとオルランドは思った、が、そうではなかった。髪飾りをしっかと抱いた母親の目には、涙が浮かんでいたのだ。
「どうしたんだ、母さん」
「……」
「え? 聞こえない」
「……かがり火が見えるよ……」
「なんだって?」
「かがり火さ。そら、あの子が踊ってる」
「しっかりしてくれ、母さん」
 オルランドは焦って、髪飾りを母親から取り返そうとした。だが母親は、思いもよらない力でそれを拒んだ。
「おれには何も見えない。かがり火って何のことだ」
「……オルランド」
「ここにいるよ、母さん」
 オルランドは手の力を緩めた。よかった、どうやら気がふれたのではないらしい……。
「おまえ、これと対の髪飾りをどうしたの」
「ああ、あれなら人にあげちまったんだ。……エスペランサっていう踊り手に」
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山のこだまと海のしぶきと 第9話

2011-03-02 13:12:08 | 書いた話
 港に出入りする船の汽笛が、狭い家の小さな寝室まで届いていた。
 夢を見ていた。
 美しい貝の髪飾りをつけた黒髪の娘が、自分のほうへ駆けてくる。
 ああ、あの娘は。
「元気でいたのだね、おまえ」
 懸命に手を伸ばす。娘が駆けてくる──

「もって、あと1週間だな」
 寝室と隣り合った居間で、白衣の医師は告げた。告げられた男はうなだれる。午後の陽が部屋に射して、男の銀色の髪を照らした。
「先生、なんとかなりませんか」
 医師は同情するように男を見た。
「オルランド、気の毒だが、こればかりはどうにもならんな。今さら入院させたところで、もう手のほどこしようがない」
 オルランドと呼ばれた銀髪の男は、切なげに視線をさまよわせた。
「おれがもう少し早く、母さんの病気に気づいてたら……」
「そう自分を責めるな。おまえさんが船乗りをしながら独りでお袋さんの面倒を見てきたことは、みんな知っとるよ」
 医師を見送って、オルランドは母親の眠る寝室へ入った。ベッドのそばにひざまずく。
「ごめんよ母さん……おれがふがいないばかりに」
 と、母親の口が動いた。
「──どうした? 何がほしいんだ?」
「……髪飾り……」
「え?」
「……髪飾り……貝の……」
 オルランドはハッとした。若いころ、なぜかほしくなってふたつ買い求めてきた貝の髪飾り。ひとつは母親に贈り、ひとつは何年か前、町にやってきた評判の踊り手に贈ったのだ。そのときはどうしても、そうしたい気持ちになったのだった。
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