SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

てのひらの上の不思議ばなし5「花冷えの枝かげ」

2013-03-26 21:26:46 | 書いた話
 いい男に、なった。
 今こそ、還れるかしら。わたしも。
 断ち切るしかない、想い。
 あのひとと別れるのは、あのひとと出逢ったこの季節しかないのだから。

 早すぎる桜が、時ならぬ雨に打たれて俯いていた。
 花冷えの枝かげに、あのひとがわたしを見つける。三味線を抱いた、初々しい若者。おさなさの残る顔立ちをしたあのひとが、わたしへと指を伸ばす。
 わたしは身を縮める。つぶされやしないかしら。
 おどろくような丁寧さで、枝からあのひとの指へと移るわたしのからだ。優しく拭い取られる、雨のしずく。
 あのひとの唇が、言葉をつむぐ。
「胡蝶……」
 と言っていたのだと、人の言葉がわかるそよ風が教えてくれた。それがわたしの名前なのだと。
 けれどわたしには、自分の名前なんてどうでもよかった。
 桜の季節が来るたびに、花冷えの枝かげであのひとを待った。
 三十三の春がめぐった。
 あのひとに逢える春が。
 周りはみんな逝ってしまった。どうしてかわたしは生きて、あのひとを待っていた。

 今年、あのひとのかたわらに美しいひとが寄り添っていた。
 いい男になった、あのひとのそばに。
 胡蝶をえがく、評判の女絵師だという。
 だから、今、わたしは還ろう。
 あのひとの三味線に送られて、還ろう。
 還る場所は、この羽がきっと知っている。
 あのひとの想いをあふれるほどに受けた、花のいろをしたこの羽が。


Dedicated to Teresa Chiba

てのひらの上の不思議ばなし4「女王さまの空中花」

2013-03-19 12:00:08 | 書いた話
「今日は、何発打ち上げるんだっけな?」
 気の乗らない声で、衛兵は同僚に訊いた。
「百発だ。まあ、あと40発ってところかな」
 衛兵は舌打ちした。先王の逝去を受け、若く美しい女王が即位して2年。国民の人気は高まるばかりだ。女王のやることはすべて流行になる。その良い例がこの〈空中花〉だった。〈花火〉という昔ながらの呼び名を通す人もまだ多いが、〈空中花〉という言い方が女王のお好みで、そちらが急速に広まりつつある。今日も王宮下の広場には、〈空中花〉見物の客たちが群をなしていた。
 いくらお気に召したからって、毎日毎日やたらと打ち上げなくてもいいのに。考えつつ、次の1発を天に放つ。ローズピンクの〈空中花〉が、うすあおい空に一条の紅をさした。お次は濃いオレンジ。続いて紫……色とりどりの〈空中花〉が、空を染め上げては消える。まさに刹那の花だ。はたして女王の目にはちゃんと止まっているのだろうか。
(──そうだ!)
 それは、ふとした思いつきだった。
 用を思い出したと同僚に告げ、衛兵は持場を離れた。向かった先は、軍楽隊の倉庫。たまには遊んでやる。うまくいけばおとがめなしで済む。仮に罰を受けても構うものか。どのみち、宮仕えには飽き飽きしているのだ。
 長いこと眠ったままの金管楽器を何種類か抱えて戻り、〈空中花〉の火種をその管に詰める。同僚が止める間もなく、慣れ切った打ち上げ準備を終えていた。
 わあっと、観衆が湧いた。衛兵自身も、驚いた。数輪の〈空中花〉が頭上高くひらいたかと思うと、そこから、ブラスバンドの響きが降ってきたのだから。音程もそろった、みごとなアンサンブルだった。
 王宮の一室の窓がわずかにひらき、白いレースの扇が振られた。女王が、ひときわご機嫌うるわしいことを表すサインだ。
 衛兵は、女王付きの士官に昇進した。

てのひらの上の不思議ばなし3「血統」

2013-03-10 12:13:28 | 書いた話
 その鮮やかな動きは、予測をはるかに超えていた。筋肉の流れも見えそうな、なめらかな走り。ビロードめいた鹿毛の馬体は、悠々と大きな楕円を描くように走っていた。
 しかし、職員たちは大慌てだった。混乱した声が飛び交う。
「なんだ、どうしたんだ!」
「いや、急に走り出して……」
「なにやらラッパの合図のようなものが」
「なんでもいい、早く止めないか!」
 だが、事態を収拾できる者はいなかった。空気がぴりつくなか、救い主が登場した。
「大丈夫です、皆さん。あと1ハロン、いえ、200メートルで走り終えますから」
 全員が疑いの目を向けた先には、若い女性研究員がいた。
「どうしてわかる」
 誰かが詰め寄る。彼女は動じず、「見ていてください」とだけ答えた。
 彼女の言葉に嘘はなかった。馬は確かに200メートルほど走り、ぴたりと止まった。
 まるで始めから、そうプログラミングされていたかのように。
 職員たちから、歓声が上がる。
「すばらしいじゃないか──ロボット・ホースが、ここまで完成度を上げていたとは」
「この個体には、特別なデータを入れてあるんです」
 女性研究員は微笑んで、鹿毛のロボット・ホースを撫でる。言われなければ人工皮膚だとは、誰も気づかないだろう。
「20世紀後半に活躍した名馬たちのデータを。そのうえこの研究所は、昔の有名な競馬場があった場所に建っているそうです。そこのファンファーレを聴かせただけで、ちゃんと〈レースコース〉を1周して帰ってくるんですから。さすがは、名馬の血統ですね」
 研究員は、むしろ誇らしげに言った。そのかたわらで、無事に〈レース〉を終えた名馬の〈子孫〉が、嬉しそうに尻尾を振った。

てのひらの上の不思議ばなし2「希望の一撃」

2013-03-04 16:15:50 | 書いた話
 団長は、うんざり顔を隠せなかった。
「入団希望とおっしゃられても、ねえ」
「そこを、なんとか」
 彼はくいさがった。
「わたしが、いつも音楽を聴かせているものですからね。すっかり音楽好きになってしまったんですよ」
「しかも、特にオーケストラが、ですと?」
 団長は苛立たしさを口調に忍ばせて、相手の主張を確かめる。その空気はかなり露骨だったが、彼は気づかないふうを装った。
「ですがねえ、前代未聞ですよ。ロボットのオーケストラ団員なんて──」
「もう帰りましょう、オーナー」
 困惑げな団長の声に、従順なささやき声がかぶさった。銀色のボディを光らせ、従順に控えていたロボットが発したものだ。
「いや、まだ諦めることはないぞ」
 彼は慌てた。善きオーナーとして、ロボットの希望はできるだけ叶えてやりたいと、つねづね思っているのだ。だからこうして、今日も来た。が、ロボットは首を振った。
「団長さんの、わたしを入団させるお気持ちは0%です。これ以上の滞在は時間の無駄と判断せざるを得ません」
 冷静に分析されては、オーナーも引き下がらざるを得なかった。
 だが、1ヵ月後、ロボットはオーケストラと正式に契約を結んだ。記念すべき初舞台。ステージの後方で、銀色のボディがひときわ輝くさまを、オーナーはうっとりと眺めた。
 やがて曲がクライマックスにさしかかると、途方もなく力強い銅鑼の一撃が、ホールに轟き渡った。客席からどよめきと悲鳴が上がる。オーナーは満足して拍手を送った。
 オーケストラが、作曲家であるオーナーに新作を委嘱してきたのは半年ほど前。ほとんど仕上がっていた曲に、〈人間では出せない音量の〉銅鑼のパートを加えることぐらい、彼には造作もないことだった。