「唄いぶりが、少し変わりましたな」「以前より、お声がやさしくなられた。けれど、かつて以上の芯の強さも感じます」そうした声が水神の耳に届きはじめたのは、息吹(イブ)のいた竜神の宮を辞してしばらくのちのことだった。水神は何の言い訳もしなかったが、そのたびに、そっと囁くのだった。「……だそうだ、息吹」いつしか水神は、息吹を敬称で呼ぶのをやめていた。おのれのなかに宿った息吹は、すでに自らの一部なのだから。水神の歌がやさしく強くなったとすれば、それは、息吹の歌が呼び覚ましたものにほかならない。いつしか気づけば水神は、みずからの意志で、息吹の姿と声をまとえるようになっていた。すなわち、「男女双方の声をあやつる、稀なる水神」の誕生であった。息吹の姿に変わるとき、しばらくは胸の高鳴りを感じたものだった。それはかつて水神にひそかに寄せられた、息吹の想いの名残かもしれなかった。けれど、朝の露が日の光に乾くように、その高鳴りもやがて、静かに深く、水神の中に吸い込まれていった。そして先代の水神となったいまも、折にふれてかれは唄うのだ。流れゆく水の唄と、やさしい山の竜の唄を。(了)