SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

天宮行進曲・あとがきにかえて

2019-01-23 13:23:05 | 書いた話
もっと、軽いテンポでさくさく進む物語になるはずでした。頭の中で構成もある程度できていたんです。しかし、何が起きるかわからない……まさか、足かけ3年になってしまうとは、作者も予想だにしていませんでした。とまあ、言い訳は幾らしても言い訳です。日々の暮らしにまぎれ(そういえばそんなタイトルのガリシアの歌がありました)、飛び飛びの更新になるうち、話の焦点が、二人の歌い手の歌くらべに移ってしまった気がします。そうしてぐずくずしているうち、大切な友人が天国に旅立ってしまいました。ちょうどこの物語の最終話を更新するのと足並みをそろえるように。光を描きつづけた彼女を想い、次からはまた、掌編に戻ります。これまでは地上が主な舞台でしたが、今度はおそらく天宮が舞台、おなじみの神々も登場するかもしれません。ただ、時はかなり遡ります。ですが今度は、多少の関連性はあるものの連載ではありませんので、気楽にお読みください。誰がどこで登場するか、どうぞお楽しみに。ではまた、次作でお目にかかりましょう。
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天宮行進曲 第11話(最終回)

2019-01-18 10:18:01 | 書いた話
程なくしてベルナルドはペンを置いた。「細かい仕上げはまだだが、ま、こんなもんだろ」カレータは楽譜に目をやった。行進曲の壮重な調子。それが鎮まり、刹那の休符を挟んで「婚礼歌・天」とある。「ここから、水神さまの出番です」「承知した」カレータの一言に応えて、天の歌い手の高揚感に彩られた声が放たれる。「Cantan los ruisenores/De madurgada/Alli viene bajando/La novia guapa 夜ウグイスが/暁告げる/きれいな花嫁/降りてくる」水神の喉から朗々と響く調べは、おそらく地上のどの言語とも違っていた。だが、人によって見方の違う天宮からの招待状に添えられた宝石と同じく、ベルナルドにはスペイン語に、カレータには日本語に聴こえた。天から地へと降嫁する「花嫁」が誰を指すかは言わずもがなだった。そして歌も、地の歌い手へと引き継がれる。大きく息を吸い、カレータは歌いだした。「En un verde prado/Tendi mi panuelo/Salieron tres rosas/Como tres luceros 緑の牧に/ハンカチ広げた/バラが三輪あらわれた/まるで三つの明けの星」「これはよいな」と風神。「ああ、牧の神に嫁ぐ星の女神にぴったりだ」と水神。それはカレータも感じていた。すべてが、運命の導きに思えてくる。だがその感興を断ち切るように、凄まじい雷鳴が轟いた。「……兄上」「うむ。どうも限界のようだ」風神が居ずまいを正す。「どうやらこのたびの“仕事”お気に召したようだな。だがわれわれは一度戻らねばならぬ。また婚礼の時に迎えに参るゆえ、そのときはお二人よろしく頼む」「楽しみになってきたよ」水神が言い置いて、馬車に乗り込む。別れを惜しむ間もなく、馬車はかき消えていた。ベルナルドもカレータも、何も言わなかった。ただ、黙って杯を合わせた。
(了)
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天宮行進曲 第10話

2019-01-09 17:29:02 | 書いた話
「なるほど、それは妙案」肝腎の歌い手たちを差し置いて、風神が言った。「……ただ、ひとつ注文がある」ベルナルドの片眉が上がる。「何?」「いや、気を悪くしないでもらいたい。歌う順番のことだ。まず水神が今の節を歌い、それからそちらの歌うたい君が歌うのではどうかね」ベルナルドの頬がまた朱を帯びる。……が、今度はカレータが割って入るだけの猶予があった。「まあベルナルド、とりあえず風神さまの話を聞こうよ」「……ふむ。言ってみろ」風神はカレータに軽く感謝の目配せをして、言葉を継いだ。「われわれの世界にも一応、順序というものがあってだね。天上の神々は地上の神々より上位ということになっているのさ。つまり──」「天の歌い手が地の歌い手の後回しでは格好がつかんわけか」ベルナルドの言葉に兄弟は頷く。「ご名答」ベルナルドが切り捨てる。「ふん。くだらんプライドは、どこも変わらんな」「プライド……それは、虚栄心のようなものか?」水神が問う。「悪く取ればね」とカレータ。「良い意味もあるけど」風神がクスクス笑いだした。「……なんだ?兄上」「いや、おまえも成長したなと思っていたが、皆の前での歌くらべを厭うあたりはまだ、そのくだらないプライド?とやらを捨てきれないとみえるな」「悪かったな」水神がふてくされる。「そういえば、あれはどういうことだったんです?」「緊張せずに歌える、ってやつか? あれは、正式な歌くらべになっていたら、おれたちの歌を判定するのが、音楽の女神やその娘の虹の女神たちだったからさ」「われわれの叔母上と従妹たちだ。音楽にかけては専門家だからな」「そ……それは……」胸を撫で下ろしたのはカレータも同じだ。そうでなくてもコンクールの類いは苦手なのに、ハードルが高すぎる。「どうやら結論が出たようだな」ベルナルドの声が割って入る。見れば、左手にグラス、右手にペン、その指先からは次々と音符が生まれていた。
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天宮行進曲 第9話

2019-01-04 14:01:03 | 書いた話
「ベルナ……」カレータが話しかけるのに頓着せず、ベルナルドはふたたびペンを執る。いま聴いた水神の歌声の記憶を少しでも新鮮に保つように、五線紙に素早くメロディを書き付けていく。わずかの間に作業は終わった。「ふむ、こんなもんか」ベルナルドは五線紙を水神に差し出した。「歌ってみてくれ」いきなりの申し出に、水神が驚く。「……おれにはこいつは読めんよ」「何だと、歌をつかさどる神だろうあんたは」「早合点するな、歌をもって術を使いはするが、歌はみな師匠からの口伝なんだ」ベルナルドが盛大に溜め息をつく。「……仕方ないな。こうだ」言うなり、ベルナルドは楽譜にしたためたばかりのメロディを歌ってみせた。水神が、みるみる目を丸くする。「……驚いたな。おれが歌ったままだ」「ほほう。大したものだ」隣から風神も興味深げに譜面を覗き込んだ。しかしベルナルドは筆を止めなかった。真新しいメロディに、記号を書き加えていく。「何をしてるんだ?」水神の問いには答えず、またしても作業はすぐに終わった。「さっきの節も悪くないが、婚礼歌には地味なんでな。アレンジしてみた」「アレ……なんだって?」「手を加えたんだ」カレータが補足する。「おいおい、何を勝手に──」「まあ聴け」水神の苦情を皆まで言わせず、ベルナルドはメロディを歌う。穏やかで柔らかかった旋律が、しなやかさは残したまま、婚礼歌らしい華やぎと高揚感をもって響いた。「へええ」水神が素直に感嘆する。「こんなこともできるのか」「……歌えるかね」挑むようなベルナルドの問いに、今度は水神が肩をそびやかす番だった。「……ばかにするなよ」水神は軽々と、ベルナルドがアレンジしたメロディを歌ってみせた。ベルナルドの口許が緩む。「よし。じゃカレータ、まずおまえが歌え。それにこいつをつなげる」「……どういうことかな?」訊ねたのは風神。「歌くらべなぞ言っとらんで、ふたりで歌えばいいだろう」
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天宮行進曲 第8話

2018-12-26 12:56:51 | 書いた話
緊張せずに歌えそうだ、という水神の言葉も、意味ありげな笑みも、カレータには何のことやら見当もつかない。さすがのベルナルドも……と隣を見やって、見なければよかったとカレータは思った。この朱が差したような顔色は……雷の、寸前だ。なかなか埒があかない兄弟のやりとりに、だんだん苛立ってきたとみえる。「ベルナルド、相手は神さ……」仮にも神さまなんだから、と押し留めようとしたカレータの防御は、ベルナルドの前ではあまりにもろかった。「……さっきから聞いていれば、何をわからんことを……」その巨体が一歩風神・水神兄弟に迫る。「はっきり決めてもらおうか、歌うのか歌わんのか」(……いや、歌うって言ってるけど……)カレータは内心思うが、こうしたときは口に出さぬが花だ。──ところが。「みなさい水神。おまえがさっさと歌わないから、作曲家殿がご立腹だ」「……あとから来たおれのせいにするな。……それにしても人間にしちゃたいした気の力だな。馬が怯えてるよ」確かに馬車につながれた栗毛の馬が、瞳に怯えのいろを浮かべ、ややあとずさっていた。それに対して二人の青年神がベルナルドの剣幕に露ほども動じた気配を見せないのは、さすがと言うべきか。「それがどうした」ベルナルドが畳み掛けるのを制して、水神が馬の背にそっと手を置く。「待った。ちょっと落ち着かせるから」そして、穏やかな調べが水神の喉から流れ出た。やわらかな抑揚を持つそれは、子守唄のようでも、古い農耕歌のようでもあった。馬の目が、たちまち落ち着きを取り戻す。カレータはつい、自分が水神の歌声に聴き入っていたことに気づいた。水神は歌をもって知られる神。風神が言っていたのが身内贔屓ではなかったことは、いまの短い歌声が証明していた。どうやらそれは、ベルナルドも同じだったらしい。発散する空気が明らかに変わっていた。威圧的な佇まいから、興味深い存在を目の前にした芸術家の顔へと。
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天宮行進曲 第7話

2018-11-23 11:17:01 | 書いた話
「……ったく、千客万来だな」ベルナルドがからかうように呟く。「さっさと出発していれば、もっと話は早かったんだ」言葉つきこそ愚痴のようだが、風神の表情も明らかに、このなりゆきを楽しんでいるふうだった。急ぐ風情もなく、雷鳴と水音とともに自分のかたわらに現れた青年をかえりみる。「そうだな、ある意味ちょうどいいところに、水神。こちらは地上の歌うたい君。姉上の婚礼の歌い手の座を懸けて、おまえと歌くらべをすることになりそうだよ」「……はあ⁉」言われた青年──水神は、思いきり要領を得ない顔だ。無理もない。いきなり宣戦布告されたようなものなのだから。「水神、て……」「きみが競う相手だよ、歌うたい君。さっき話したろう。わたしの弟だ」「ああ、水の神さま」「……おれが、誰のなんだって?」ようやく立ち直ってきたらしい水神が、よく透る声で訊く。「悠長に歌をうたってる場合じゃないんだがな、兄上。さっきの雷でわかったろ、母上のご機嫌が」「ああ、だいぶ斜めであられるな」「なら」「ま、遅くなりついでだ。おまえも一緒に叱られなさい。ちょうどいま、婚礼歌にさしかかるところなんだそうだ。せっかくだから、この地上の歌うたい君とおまえとで、この場で歌くらべをしてみたらどうかね」「……ひとの話を聞いてたか、兄上殿?」水神の口調が尖る。カレータはひそかに水神に同情した。マイペースな相棒に振り回される苦労は、地上も天上も変わりないらしい。ましてやそれが兄弟同士では……。しかしカレータの同情もそこまでだった。「ま、それも一理あるか」水神があっさり言ったのだ。「……は⁉」今度はカレータのほうが不意打ちを食らったような顔になる。「あの、水神…さま? いま、なんて?」「いや、どうせどこかで競い合うことになるなら、早いほうがいいかなと。それに、だ」水神が意味ありげににやりと笑う。「おれとしても、いまのほうが緊張せずに歌えそうだしな」
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天宮行進曲 第6話

2018-06-05 11:23:32 | 書いた話
言うが早いか、ベルナルドは店のカウンターの内側に回り込む。勝手知ったる手つきで、取り出してきたのは五線紙。真新しいそこに、流れるような文字が記される。『星と牧』。「ふむ、なるほど」のぞきこんだ風神がおもしろそうに言った。「表題は決まった、というところか」ベルナルドは答える代わりに、五線紙をめくる。「細かいところはまだ後回しだがな」──そう言いつつ、ベルナルドは五線紙にペンを走らせる。泉に水が湧くように、次々と音符の連なりが生まれでる。「すごいな。こうして曲が生まれるとはね」風神はあくまで愉快そうだ。一方のカレータはその様子を見守りながら、ある予感を抑えきれずにいた。なぜなら、この調子でいけば──。案の定、しばらく進んだとこ ろでベルナルドは手を止めた。「よし、ここで“婚礼歌”だ。合うか調子を見たい。一度歌ってみてくれ」「婚礼歌、って……あれ、行進曲に合わないだろ」「そのあいだぐらい立ち止まればいいだろう!」「そんな無茶な……」カレータはベルナルドの表情をちらりと見る。見て──(ああ……これは、本気だ)そう悟った。これは、歌うしかないようだ。と。耳をつんざくような大音響が店を揺らした。歌う体勢を取りかけていたカレータは、あやうくつんのめりそうになる。しかしベルナルドは、動じたふうもない。「ふん……馬車の次は雷か」「か、雷⁉」これ見よがしな溜め息をついたのは、風神だった。「……きみたちがのんびりしているから、わたしが遊んでいると思われたらしい」「……はい?」カレータには、事態がさっぱり呑み込めない。「今の雷は、わが母にして天帝夫人たる雷神のいかずちさ」「雷神……?」また新しい神が出てきた。その混乱も収まらぬうち、今度は雨とも川ともつかぬ水音が響いた。「……やれやれ」風神が肩を竦める。「なぜおまえまで?」「様子を見てこい、だとさ」よく透る声がして、姿を見せたのは、風神に似た青年だった。
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天宮行進曲 第5話

2018-04-13 15:23:27 | 書いた話
「なるほど、そういうことならそちらにも一緒に来てもらうことになるな。──もっとも」風神がわずかにいたずらめいた笑みを浮かべる。「天宮にも、歌をもって知られる神がいてね。水神──わたしの弟だが、おそらくあれと歌くらべをしてもらうことになるな、歌い手の地位を賭けて」「水神……? 水の神さま?」「ああ。天宮の催しでは、何かあれば歌は水神の役目と決まっているのでね」──なら喜んで譲ります、と言いかけたカレータを、ベルナルドのひと睨みが制する。「悪いが、作曲するのはおれだ。歌い手も、おれが決める」「……ふうん」風神がふたたび呟いた。ただカレータにとって嬉しくないことに、今度は明らかに興味のこもった、しかも何やら楽しげな呟きだった。「これは愉快。祝いの儀が待ち遠しくなってきた」「で、風神さんよ」そう切り出したのはベルナルド。まるでバルのボーイを呼び止めるような気軽さだ。相手は一応神さまなんじゃ……と思いかけてカレータは諦める。相手が誰であろうと変わらない。それがベルナルド・ラビノであることは、カレータが身をもって知り尽くしている。そして呼びかけられた風神も、まったく動じずに応えた。「何か?」「そろそろ教えてくれてもいいだろう。慶事、慶事というが、いったい誰の祝いなんだ?」「……なるほど。確かに、それは失礼した。今回の祝いごとの主役は、ほかならぬわたしの姉でね」「さっきは弟、今度は姉か。いったい何人兄弟なんだ、あんた」「いや、この三人だよ。姉、わたし、弟」「ふん。それで?」「その姉がこのたび、地の牧の神と婚約して、星の女神の地位に就くのでね。その祝いというわけさ」「あの……お姉さんは、出世することになるの?」「そうだよ、歌うたい君。姉は流れ星の女神だったんだ。それが今度は、全天の星の女神になるのさ」風神の言葉に、ベルナルドは深く頷いた。「そうか。それで結婚行進曲をご所望というわけだな」
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天宮行進曲 第4話

2018-01-18 13:18:00 | 書いた話
ベルナルドの目が輝いたのを、カレータは見逃さなかった。「依頼状には“王宮”とあったが、王宮でなく“天宮”ときたか。なるほど、それなら腑に落ちる」「……とは?」訊き返したのは、風神と名乗った青年。(風神……てことは、風の神さま、だよな?)カレータは未だ半信半疑で、どう見ても自分より若そうな、優男といった風体の青年の姿を眺めていた。「この依頼状の宝石が、おれにはオニキス、弟にはルビー、そしてこいつには、茶水晶に見えてるんでな。地上ならざるものだというんなら、納得もいく」ベルナルドはひとり得心顔だったが、カレータは逆に、得体の知れない焦燥感が湧いてくるのをおぼえていた。ベルナルドの一言で、風神の目が一瞬自分に向いたからだ。「ふうん」幸か不幸か(いや、おそらく“幸”だ、とカレータは思った)風神の反応は薄い。再びベルナルドに視線を戻し、「人の世のこの辺りで、いまの時刻に連れ立って酒盛りとは思わなかった。人の子は寝につく時間では?」「ま、人それぞれってことだ。それに──」不吉な予感が、カレータを包んだ。ベルナルドがこうして勿体ぶるとき、そこにはだいたい、厄介またはとんでもない続きが待っているのだ。「こいつにも来てもらわんと困る。その、何だ、“慶事を彩る行進曲”?は、こいつに歌ってもらう予定なんでな」「──は⁉」ほらみろ案の定だ。そう思うのが速かったか、椅子を蹴倒して立ち上がるのが先だったか。とにかく、椅子が倒れる音が、カレータにはやけに重く響いた。「……何言ってんだベルナルド! 依頼は行進曲だろ! オレはフラメンコ歌手だぞ⁉ なんで歌が入るんだよ⁉」「おまえ、何年おれと付き合っとるんだ。おれが作る行進曲の合間に、神に捧げる詠歌が入るのぐらい想像つくだろう。まさか依頼主が当の神とは思わなかったがな」ベルナルドは豪快に笑ったが、カレータは笑うどころではない。事態を収めたのは、風神だった。
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天宮行進曲 第3話

2017-12-31 15:51:42 | 書いた話
……やはりな。ベルナルドは嘆息した。どうやら今、自分の両の目に見えているものは、幻でもなんでもないらしい。そうと決まれば、きわめて不本意ではあるが、その事実を認めざるを得ないようだ。ベルナルドはやれやれと、諦めをこめて肩をすくめた。「……馬車、だな」「だろ⁉」間髪を入れず、カレータ。二人の目の前には映画にでも出てきそうな二輪馬車が、麗々しく佇んでいるのだった。優しい目の小柄な栗毛の馬が、賢そうなまなざしを二人に向けた。──店が、どこも壊れた様子がないのが不思議だった。こんな馬車が外から突っ込んできたのなら、店が無事であるわけはないのに。けれど、酒壜1本、グラスひとつ割れた気配はなかった。そう、まるで空中から現れでもしたように。または空から舞い降りてきたように。思わず浮かんだ考えを打ち消すべくベルナルドが首を振ったとき、若そうな男の声がした。「ベルナルド・ラビノとお見受けするが」ベルナルドの片眉がぴくりと上がった。声は、馬の手綱を引く御者が発したものらしかった。その顔はマントにすっぽり覆われて、人相・風体などはまるでわからない。「──御者さんよ」ベルナルドは低く切り出した。その様子を見ていたカレータは、御者に同情する。(誰か知らないけど、これはまずい……だって)「いきなり呼び捨てとは、いい度胸だな」(ほらね)ベルナルドが存外に礼節を重んじることを、カレータはよく知っている。ところが。御者は非礼を詫びるどころか、なぜか楽しそうに笑い出した。「なるほど胆が据わっている。これなら道中も大丈夫だな」「なんだと!」「まあ落ち着かれよ」御者かが立ち上がりマントをはね上げると、すらりとした青年の姿が現れた。「わが名は、風神。天宮の命を受け、お迎えに上がった。このたび、われらが天宮の慶事を彩る行進曲の作曲をそなたに依頼した。すみやかに馬車に乗り、天宮へお越しいただきたい」「……天宮、だと?」
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