SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

てのひらの上の不思議ばなし6「久しぶりの手紙」

2013-04-05 13:56:17 | 書いた話
 このところコンサートが立て込んでて、なかなかメールできなくてごめん。
 クレープ屋のほうは順調? きみのことだから、はりきって屋台に立ってるんだろうね。困ったお客はいない? ぼくとしては、それだけが心配なんだ。いくらきみがタフでも、やっぱり女の子だから。
 きみのやわらかなソプラノの声が懐かしいな。今も、店に立ちながら歌ってるの?
 出発の1週間前、きみと交わした最後の会話は忘れられない。きみは、ぼくが一緒に行くと信じていたよね。結果、きみを裏切るような形になって、本当に悪かったと思う。
 思えば大学1年のときからの、6年間の付き合いだったね。ピアノ科でも目立たないぼくを、声楽科トップのきみがどうして好きになってくれたのか、いつも不思議だった。でも、楽しい6年間だった。ペアを組んで、あちこち回ったよね。スペースシャトルに乗って、月面都市にも行ったし。地球の音楽に飢えてた人たちが、涙を流して喜んでくれたっけね。みんな、きみはそのまま音楽の道に進むと信じてた。それがいきなり、「クレープ屋をやります!」って。誰が止めても、きみの決心は変わらなかった。植民地の小惑星でご両親が亡くなっていたなんて、その夢がクレープ屋だったなんて、ひとことも言わないのがきみらしいところだけどね。
 つきあってたころ、きみはよくクレープを焼いてくれたね。そのクレープを、今は植民地の人たちが食べてるってわけか。宇宙服のチューブごしに吸い込んで食べるクレープって、どんな味がするんだろう。
 勝手なことばかり書いてごめん。ひとつ、言い訳させてほしい。ぼくは、ピアノを弾いても音が外に聞こえない真空の星には、どうしても行く気になれなかったんだ。何年かして、きみのいる小惑星に居住ドームが完成したら、会いにいっていいかな。そのときは、ピアノをかついで行くから。約束するよ。
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする