SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

悲喜街から 第8話

2016-05-25 16:25:54 | 書いた話
 アンヘルが自分の話を終えたころには、教会の高窓から差し込む陽射しが、ほんのわずかに傾きはじめていた。
 二人の間に、ふたたび沈黙が降りてくる。
 が、今度は神父がそれを破った。
「喉が渇いたろう。何か飲みものを持ってくるから、待っていなさい」
「いえ、ぼくは──」
 断りかけたアンヘルの言葉を、
「わたしの」
 思わぬ強さで、神父の声が遮った。
「わたしの話が、今度は長くなるんだよ」
「え……?」
 アンヘルの胸が、緊張で高鳴った。だが次の問いを投げる前に、神父の姿は執務室へと消えていた。
(“わたしの、話”……? 長くなる、だって?)
 疑問は、アンヘルの頭の中でふくらむ一方だった。いったい神父が自分に、どんな“長い”話があるというのだろう?
 アンヘルが答えを出せないでいるうちに、神父は戻ってきた。その手にあるものを見て、アンヘルは呆気にとられる。
「酒……ですか」
「ああ。われらが救い主の血、だな」
 神父はアンヘルの驚きには無頓着に、手にした葡萄酒の瓶からふたつのグラスへと酒をつぐ。
「むろん普段は飲まないがね」
「今日は、飲むんですね」
 神父は頷き、グラスの片方をアンヘルに差し出す。二人は無言で、杯を軽く上げた。
(……いいワインだ)
 一口でわかった。自分たちの店では葡萄酒は出さないが、もちろんよそで飲むことはある。シェリーバーを構える者として、それなりに舌は鍛えてきたつもりだ。その経験に照らしても、この葡萄酒は旨い。
 だが、今は酒の味を吟じている時ではない。
コメント
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