SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

夏至祭りの石畳 第2話

2013-06-24 20:00:08 | 書いた話
「まあ、あなたにあの子が説得できるとは思ってなかったけど」
 妻の叱責に、ニコラスはうつむくしかなかった。とはいえベロニカの顔は、本気で怒ってはいない。
「で、行ったのね、エストは。バスに乗って」
「うん……」
「ま、仕方ないわ」
 ベロニカは拍子抜けするほどあっさりと言う。
「わたしだって、あの子の歳には祭っていう祭で踊ってたもの」
 大人顔負けの踊りを披露するベロニカの姿を、ニコラスは容易に想像できた。だが思い返せば、自分だって今のエストの年齢にはギターに夢中になっていた。父ロレンソのもとを離れ、師匠につきはじめたころだ。
「あなたとわたしの娘、だものね。おとなしくしろ、というほうが無理ね」
 ベロニカはおもむろに立ち上がる。
「出かけるの?」
「なに言ってるの。あなたもよ、ニコ」
「え?」
「見とどけなくちゃね、エストの“お相手”を。本場の夏至祭りも見てみたいし」

 役所の前にはステージも設けられていたが、そこは無人のまま、ただ“夏至”を祝う市の旗ばかりが風にはためいていた。その代わり、ステージの下の広場にはぞくぞくとグループが集まっていた。おのおの、愛用の楽器を手にして。
 始まりは、突然だった。
 広場の数ヵ所で、リーダーが飾りのついた指揮棒を同時に振り下ろす。
 一気に、満ちあふれる音の洪水!
 ギター、ヴァイオリン、タンバリン、カスタネット、混ざりぶつかり合う数多の音。
 いくつも咲いた踊りの輪から。ひときわ目を惹く、背の高い黒髪の娘が飛び出した。
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夏至祭りの石畳 第1話

2013-06-18 14:41:26 | 書いた話
「エスト、ちょっと来なさい」
 いつになく厳しい父親の声に、娘は「あたし?」という風情で振り返る。しかし素早く目を走らせても、母親も愛犬も動じる気配はない。ということは──
 呼ばれているのは、
 あたし、だ。
 エスト、やむなく立ち上がる。驚いたことに、父親はすでに食堂を出て、居間に入っていこうとしていた。
(──パパが、あたしを待ってくれない)
 こんなことは、記憶にあるかぎり初めてだった。ふだんなら必ず、娘のペースに合わせてくれる父親なのに。
 エストの胸に、焦りがきざす。
(あたし、何やったのかしら)

 焦っていたのは、けれど、エストだけではなかった。
 娘を喚びたてた父もまた、焦っていた。
 こんなふうに娘と話したことはない。いつもは妻に、この手のことは任せてきた。
 けれど、今度はそうもいかない。
 音楽が絡んでいるとなれば、尚更だ。年上の妻にばかりは頼れない。
「ぼくが話すよ、ベロニカ」
 妻に告げたときの、「当然ね」と言いたげな笑顔、そして返ってきた一言。
「頼んだわよ、パパ・ニコ」
 もう、後には引けない。
 父親として、夫として、そしてギタリストとして、この役目は譲れなかった。
 居間に先に入り、ニコラスはエストを待つ。エストはすぐに来た。
「そこにお座り」
 ちょこんと座る娘の姿に、折れかける気力を奮い起こし、ニコラスは問いを投げた。
「エスト。ママから聞いたよ。今度の夏至祭りで踊りたいって、いったいどういうことなんだ」
コメント (8)
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