SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

天宮行進曲 第4話

2018-01-18 13:18:00 | 書いた話
ベルナルドの目が輝いたのを、カレータは見逃さなかった。「依頼状には“王宮”とあったが、王宮でなく“天宮”ときたか。なるほど、それなら腑に落ちる」「……とは?」訊き返したのは、風神と名乗った青年。(風神……てことは、風の神さま、だよな?)カレータは未だ半信半疑で、どう見ても自分より若そうな、優男といった風体の青年の姿を眺めていた。「この依頼状の宝石が、おれにはオニキス、弟にはルビー、そしてこいつには、茶水晶に見えてるんでな。地上ならざるものだというんなら、納得もいく」ベルナルドはひとり得心顔だったが、カレータは逆に、得体の知れない焦燥感が湧いてくるのをおぼえていた。ベルナルドの一言で、風神の目が一瞬自分に向いたからだ。「ふうん」幸か不幸か(いや、おそらく“幸”だ、とカレータは思った)風神の反応は薄い。再びベルナルドに視線を戻し、「人の世のこの辺りで、いまの時刻に連れ立って酒盛りとは思わなかった。人の子は寝につく時間では?」「ま、人それぞれってことだ。それに──」不吉な予感が、カレータを包んだ。ベルナルドがこうして勿体ぶるとき、そこにはだいたい、厄介またはとんでもない続きが待っているのだ。「こいつにも来てもらわんと困る。その、何だ、“慶事を彩る行進曲”?は、こいつに歌ってもらう予定なんでな」「──は⁉」ほらみろ案の定だ。そう思うのが速かったか、椅子を蹴倒して立ち上がるのが先だったか。とにかく、椅子が倒れる音が、カレータにはやけに重く響いた。「……何言ってんだベルナルド! 依頼は行進曲だろ! オレはフラメンコ歌手だぞ⁉ なんで歌が入るんだよ⁉」「おまえ、何年おれと付き合っとるんだ。おれが作る行進曲の合間に、神に捧げる詠歌が入るのぐらい想像つくだろう。まさか依頼主が当の神とは思わなかったがな」ベルナルドは豪快に笑ったが、カレータは笑うどころではない。事態を収めたのは、風神だった。
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