「あ……そうだよね。シルクロは置いてきたんでしょ、ママ?」
エストは母親を降り仰ぐ。やはり突然現れたまん丸い犬に目を奪われていたベロニカは、針で突つかれたように応えた。
「え──あ、そうよ。カミラおばさんに預けてきたんだもの。だけど……ほんとに、別の犬とは思えないわね」
まる、と呼ばれた犬は、女性の腕の中で居心地よさそうにしていた。が、
──さ、まる。
女性が優しく促すと、すとん、と降りて、転がるように3人のもとへやってくる。その仕種まで、シルクロそっくりだった。エストが伸ばした腕に、すっぽりと収まる。
「シルクロよりちょっと小さい、この子」
エストがいとおしそうに微笑みかける。
「じゃ、行きましょうか」
ベロニカが女性に向かって言う。
薔薇の冠が、初めて横に揺れた。
──わたしは、行かれぬ。
「行かれない? なぜ?」
ベロニカが繰り返してくれるおかげで、ニコラスにも状況が呑み込める。
──これを。
女性が示すほうを見やって、3人はぎょっと顔を見合わせる。細い片方の手首に、同じように細い、けれど堅固そうな鎖がつながっていたのだ。その先は露地の奥へと消えて、長さもさだかではない。
しばし、誰もしゃべらなかった。淡い雨だけが、石畳を濡らしていた。
そのうち、意を決したようにベロニカが尋ねた。
「あなたは──罪びと?」
黙ったままの女性の顔を、ベロニカは正面から覗き込んだ。ふた組の黒い瞳が視線を合わせた──そして。
「わかったわ。あなたは、ここで待っていて。扇は持ってきてあげる」
エストは母親を降り仰ぐ。やはり突然現れたまん丸い犬に目を奪われていたベロニカは、針で突つかれたように応えた。
「え──あ、そうよ。カミラおばさんに預けてきたんだもの。だけど……ほんとに、別の犬とは思えないわね」
まる、と呼ばれた犬は、女性の腕の中で居心地よさそうにしていた。が、
──さ、まる。
女性が優しく促すと、すとん、と降りて、転がるように3人のもとへやってくる。その仕種まで、シルクロそっくりだった。エストが伸ばした腕に、すっぽりと収まる。
「シルクロよりちょっと小さい、この子」
エストがいとおしそうに微笑みかける。
「じゃ、行きましょうか」
ベロニカが女性に向かって言う。
薔薇の冠が、初めて横に揺れた。
──わたしは、行かれぬ。
「行かれない? なぜ?」
ベロニカが繰り返してくれるおかげで、ニコラスにも状況が呑み込める。
──これを。
女性が示すほうを見やって、3人はぎょっと顔を見合わせる。細い片方の手首に、同じように細い、けれど堅固そうな鎖がつながっていたのだ。その先は露地の奥へと消えて、長さもさだかではない。
しばし、誰もしゃべらなかった。淡い雨だけが、石畳を濡らしていた。
そのうち、意を決したようにベロニカが尋ねた。
「あなたは──罪びと?」
黙ったままの女性の顔を、ベロニカは正面から覗き込んだ。ふた組の黒い瞳が視線を合わせた──そして。
「わかったわ。あなたは、ここで待っていて。扇は持ってきてあげる」