SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

異国の鳥 第10話

2012-06-28 14:00:36 | 書いた話
 蔓草のように伸び上がった金の文字──いや、“文字だったもの”は、しだいにひとつの形を結びつつあった。
「飛行機……?」
 ベロニカは要領を得ない顔で、
「いえ……違うわ……これは……」
 恐ろしいまでに真剣な眼で、ベロニカはひたと目の前の“もの”を見据えはじめた。射抜くような眼光に、思わず声をかけたニコラスも口をつぐむ。
「この形……わたし、見たことがある」
 かすかに真ん中がふくらんだ、すらりと長い流線型。腕のいい金細工師が手がけたとしてもなかなかこうはいかないだろう、最高級になめらかな表面。
 頭部もない。くちばしもない。
 翼もない。それでも。
「これは……鳥だわ」
 迷いなく、言った。
「鳥、だって!?」
 ニコラスは訊き返さずにはいられなかった。そして、自分の手元の羽を見る。──見ようと、した。
「羽は……どこだ?」
 呆然と呟く。シルクロを抱き上げたエストが寄り添う。
「もういいんだわ、パパ。羽は、鳥に還ったから」
「……え?」
「思い出したのよ、ニコ」
 どこかうっとりと、ベロニカ。
「ティトおじいちゃんが眺めていた写真に、これが写っていたの」
「──で?」
 驚きから脱しきれないニコラスが問う。
「どうして、これが鳥なんだい?」
 ベロニカは答えるより早く、伸び上がった“鳥”に手を差しのべた。呼応するように、“鳥”が大きく羽ばたいてみせた。

異国の鳥 第9話

2012-06-14 09:09:14 | 書いた話
 画用紙に書きつけられた金の文字を、3人はなおも眺めていた。
 文字は流麗でありながら、消えそうな気配はない。特別なインキでしっかり刻印されたかのように、紙の上にあった。
 エストが、幾度かまばたきをした。ベロニカが目ざとく娘を見やる。
「エスト、あなたはもう寝なさい。あしたも学校なのよ」
 エストは素直に頷く。
「おやすみなさい。いこ、シルクロ」
 シルクロを連れてキッチンを出ようとして、エストは足を止めた。
「……鳥……」
 独り言のような、呟き。
「うん? なんだい?」
 ニコラスが訊き返した。
「この羽のことかい?」
 エストはかぶりを振った。すっと片手を挙げて、画用紙を指し示す。
 祈りの言葉めいて、唱えはじめた。
「……鳥よ鳥、
われは異国の鳥なりき、
ふるさと離れ歌いおり……」
 ニコラスとベロニカは、虚を突かれたようにエストと画用紙とを見比べた。
「エスト……?」
 ベロニカが、エストの肩に手を置く。
「あなた、これが読めるの?」
「ううん。でも、そう感じたの」
 相変わらずそこには、未知の言葉が書き連ねられていた。それでも、エストが出まかせを言う理由はない。
「それが本当だとして、どういう意味なんだろう。『ふるさとを離れた異国の鳥』……」
「なんだか、詩の文句みたいね──あら?」
 見ている3人の前、画用紙の上で、流れるような文字が動きだした。文字同士が蔓草のように巻き付いて伸び上がっていき、すらりとした形をつくった。