SNファンタジック日報

フラメンコと音楽をテーマにファンタジーを書きつづる新渡 春(にいど・しゅん)の、あるいはファンタジックな日々の報告。

夏至祭りの石畳 第8話

2013-10-31 16:18:09 | 書いた話
「……聞いたことがあるわ」
 ベロニカが呟く。
「わたしたちが踊りで使う扇は、ずっと東のほうの国から来たものなんだって」
 その黒い瞳が、たおやかな女性の所作を追う。
「あなたの瞳も、黒いのね。なぜかしら。よく見たら似ていない? わたしたち」
 ベロニカも、腕をかざしてみせる。
「……間違いないわ。踊り手なのね、あなたも」
 ベロニカの言葉は、半ば自分に言い聞かせる独り言のようでもあった。だから、答が返ったときには息を呑んだ。
──うれしや。あなたとなら、話が通じる。
「ベロニカ? きみ、誰と喋って──」
「パパ。大丈夫、このひとは」
 ベロニカと同じ台詞で、今度はエストがニコラスをなだめる。
「……“ドン”、ね」
 人の智を超えた力、ドン。妻と娘がそれを持って生まれついてきたことを、ニコラスは今さらのように痛感する。こうなっては、見守るしかなさそうだ。
 ベロニカは、女性の次の言葉を待つ。
 やがて。
──後生だから、探してほしい、わたしの、扇。
「それはわかったわ。で、どこに行けばいいの、この見知らぬ世界で」
 ベロニカが言うのはもっともだった。三人が今いる露地は、自分たちの土地とあまりにも違っている。
──ご案じなく。行く先は、わたしの連れが案内する。
「え──シルクロ?」
 エストが思わず大きな声を出す。
 どこからともなく現れた、まん丸い犬。それは確かに、シルクロそっくりだった。
──わたしの犬じゃ。まる、と申す。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夏至祭りの石畳 第7話

2013-10-23 10:23:08 | 書いた話
「それで、あなた」
 露地の奥へと、ベロニカは声を放つ。そう、あの女性に向かって。紫の薔薇がわずかに揺れた、ということは、聞こえたのだろう。
「ああ──でも」
 言葉が通じないわね。
 ベロニカが口に出そうとした障壁は、呆気なく消え去る。
「探してほしいの」
 耳になじんだ言葉で、女性が言う。
(よかった、彼女、わたしたちの言葉が話せるんだわ)
 ベロニカは少しほっとした。
 だがそれもつかのま──
「どうしたの、ニコ」
 ニコラスの様子がおかしかった。あり得ないものを見たように、蒼ざめている。
「ベロニカ……エストが」
 ようやく声を絞り出す。
「エストが、なに?」
「探してほしいの、わたしの、扇」
「──エスト!?」
 ベロニカも、娘の異変に気づいた。
 少し憂いを帯びた、落ち着いた女性の声。
 しかし、その声は、まぎれもなくエストの口から発されていたのだ。
「エスト!」
 ベロニカの声は、エストには届いていないようだった。神託を告げる巫女よろしく、エストは立ち尽くしている。
「……あのときと同じだ、ベロニカ」
 やっと生気を取り戻したニコラスが言う。
「ティトの“鳥”のメッセージを、エストがぼくたちに伝えてきたとき」
 エストがまだ幼かったころ、ベロニカの祖父をめぐる出来事を、ふたりは思い起こす。
「でも──どういうことなの、今回は」
 と、女性がひらりと腕をかざした。それは明らかに、舞い姿だった。その腕の先に、ベロニカとニコラスは、幻の扇を見る。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

夏至祭りの石畳 第6話

2013-10-07 20:38:10 | 書いた話
(雨……だ)
 エストは紫の花房から手を離し、てのひらを上に向ける。こまかい雨が、音も立てずに降っていた。
 こんな雨を、エストは知らない。
 雨と言えば、乾ききった大地に、叩きつけるように激しく降るものだ。少なくとも、それがエストにとっての“雨”だった。
 けれど、今エストがてのひらに受け止めているそれの、なんと儚げなことか。そしてなんと、目の前の女性に似合うことか。
 そのとき、女性がエストに向かってなにごとか言いたげな様子をみせた。エストの胸は高鳴る。
 が、彼女が声を発するのを待たず、エストの前に立ちはだかる背の高い影。
「──パパ!」
 娘を護るように、真剣な面持ちのニコラスがそこにいた。さらにその隣には、自分とほとんど背丈の変わらないエストの肩を抱くようにして、ベロニカ。
「ママも……!」
 そしてエストは悟る。
 どうやらこの見知らぬ露地に迷い込んだのは、自分だけではないらしい……いやそれどころか、
(あたしが、パパとママを巻き込んだんだ)
 エストの胸が、今度は不安で押し潰されそうになる。喉元に大きな塊がせり上がった、と思った瞬間、ベロニカが言った。
「大丈夫よ、エスト。落ち着きなさい」
 昔から、母の「大丈夫」にはふしぎな効き目があった。これを聞くと、エストの心はすっと静まるのだ。
「ニコ、あなたも。──このひとは、平気」
「え、でも」
 父親としての責任から、ニコラスはとっさには警戒を解けなかった。が、ベロニカの瞳を見て、ふう、と息をつく。
「わかった、きみがそう言うなら」
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする