台風が近づき海鳴りが聞こえる。
「帰れなくなったね」
「泊まってもいいの!」
泳ぎつかれた民宿で、寝そべったまま、無表情に相槌をうつ。
彼女は、大手デパートの着物売り場が勤務地。
「私、着物が好きなの」
「毎月、買うのが楽しみなの」
「お金持ちの人と結婚するの」
そんな彼女と一緒になれることを夢見た。
農家の長男で、家には毎日農作業に汗を流してる両親がいる。
そんな農家には嫁がない?
電線を揺らす風がビュービューと唸りをあげる。
「一緒になろうよ・・・・・」
それを言うのがやっとだった。
「私、いや!」
「俺んち、お金はあるし、一生贅沢させてやる自信があるんだ・・・・」
「優しいあなたは好きよ」
「だけど、素直すぎるのよ」
プイと横を向けたまま黙ってしまう。
そして、何もない背中合わせの一夜。
そんな行動きりできなかった。
そんな世間知らずの自分がいた。
風が電線をビュービュー鳴らす夜は、慚愧の念がよみがえる。
民宿での思いもかけない宿泊は25歳の思い出となった。