ヒンドゥー教の破壊神シヴァの妻であり、大母神でもあるデーヴィーは、慈悲深い面と狂暴な面と云う相反する性格を併せ持つ、かなり複雑な存在である。性格によって姿を変え、パールヴァティー、ドゥルガー、サティーなどの名を持つが、中でも抜きん出て狂暴で破壊的なのがカーリーである。
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*想像を絶する血塗られた容姿
先ず姿形からして恐ろしい。顔は血液でただれ、血走った三つの目、鋭い牙、だらりと垂れた舌、腕は四本あり、一本には武器、もう一本には血が滴る巨人の首、残りの二本は上に掲げ祈りを捧げている。黒い肌の体には虎の皮を身に着け、頭蓋骨のネックレス、切断された腕を垂らした帯がアクセサリーである。
見事なまでに血塗られた狂乱の女神であると言えよう。
名前の意味は「黒き者」で、「黒い地母神」とも呼ばれる。出自については諸説あるが、パールヴァティーが夫シヴァからその黒い肌を咎められ、森に籠って修行した結果、金色の肌に生まれ変わった際に生まれたとも、ドゥルガーが怒った時にその顔から生まれたとも言われる。いずれにしても、負の思念から生まれたことに変りはない様だ。また、生贄の女神としても知られる。インドのカルカッタと云う地名は、カーリーが由来とされ、「カーリーの沐浴場」と云う意味がある。かつてはこの場所で、生贄として生身の体を神に捧げていたとも言われている。
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*破壊神ですら手を焼いた狂乱の舞踏
ヒンドゥー教の神話には、カーリーがラクタヴィジャと云う魔物と戦った様子が描かれている。ラクタヴィジャは、傷を負って血を流しても、その一滴の血から千匹もの魔物を生み出してしまい、神々は中々倒すことができないでいた。そこでカーリーが戦いを挑むのだが、彼女は、ラクタヴィジャの血が流れ落ちる側から飲み干し、魔物の増殖を止める。そして、最後に残った魔物の体を丸呑みにして、呆気なく勝負はついてしまう。
その後、カーリーは勝利を祝って踊り出すのだが、段々忘我の境地に達して来て、どんどん激しいステップになって行く。最早誰もカーリーの踊りを止められず、すべての生き物は恐怖を感じ、大地が割れんばかりの勢いになって来る。夫であり破壊神でもあるシヴァでさえ、彼女を止めることはできず、とうとう踊り狂うカーリーの足元に自らの体を投げ出し、その体の上で踊ってようやく、狂乱の舞踏は終わるのだ。こうなると、最早カーリーとラクタヴィジャのどちらが魔物なのか、よく分らなくなる。
しかしこの神話は、ヒンドゥーの神々の二面性がよく現れている。創造神でもあり、破壊神でもあるシヴァを筆頭として、ヒンドゥーの神は皆、善と悪、生と死、創造と破壊を併せ持った存在である。相反する素質が共生し、表裏一体であるからこそ、神なのかも知れない。カーリーの血塗られたイメージは、凡そ神とは程遠いが、創世の慈母パールヴァティーの悪の一面を一身に背負った存在として、広く信仰の対象になっている。
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