Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

月を見る

2014年09月12日 01時40分01秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日も先ほど2回に分けて月を見ていた。1度目は昨日の23時過ぎ。2度目は日付が変わって1時頃。

 1度目はまだ雲が7割くらい空を覆っていた。高層雲というのか高積雲というのか、私には区別がつかない。2度目は逆に雲が空の3割くらいに減っていた。
 1度目は雲と晴れている境目に居待月がかかっていて、次第に雲が月から離れていくところであった。現実は雲の方が動いているのだが、実際に見ていると月が動いていくように見えたり、雲が動いているように見えたりと感覚が交互に入れ替わる。その感覚の入れ替わりを楽しむのも月の鑑賞の仕方だと思う。
 月が動いているように見えるときというのは、雲が世界地図の大陸や島々に見えて月は船のように感じる。世界地図からすると船というのには縮尺割合からすると大きすぎるのだが、そこは厳密には考えない方がいい。月が陸地を離れて大海を静かに、しかし確実に航海をしていく。月の明るさが確かな航行を暗示しているようだ。

 ふと意識が転換すると、雲が月から離れたり接近したりを繰り返しているように見える。これは雲の大きさや、厚味、雲間に反射する月のあかりや雲の移動速度などにより微妙な転換が行われる。
 雲のない空間が大きいと、どちらかというと月が航海をしているように見える確率が大きいかもしれない。
この転換を幾度か経ると、そろそろ見飽きて周囲の景色にいったんは目を転じたり、部屋に入ってお茶でも飲みたくなる。今回はお風呂に入って見た。
 2度目は雲が少なくなり、雲に比べて闇の海を明るい月が滑るように動いて見えた。場面の転換はなかなか起きなかったが、傍に小さな雲のかたまりがやって来て光を画した途端に雲が動き始めた。

 この錯覚を楽しんでから、少し覚めた身体をベランダから部屋に引き入れた。とても気持ちのいい時間を過ごすことができた。

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