伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年に続き2023年も目標達成!

検証 官邸のイラク戦争 元防衛官僚による批判と自省

2013-05-20 20:18:38 | ノンフィクション
 2003年のイラク戦争開戦時は防衛研究所所長、自衛隊のイラク派遣中は内閣官房副長官補であった著者が、イラク戦争に対する支持表明と自衛隊のイラク派遣をめぐる官邸の判断について論評した本。
 アメリカの真の目標はイラクという敵対者を潰すことが新たな潜在的敵対者への見せしめになりアメリカと世界の安全に通じるという発想であったと思われる(12~13ページ)、「国民戦争の時代には、ヒロイズムは前線の兵士に属していた。今や、それは政治指導者のものとなった」(32ページ)、「このように見ると、かつての日本の指導部がアメリカとの戦争を決意したプロセスとの類似に驚かされる。それはまさしく、閉ざされた政策決定サークルが共有する偏狭な『時代精神』によって導かれる戦争の意思決定の特徴かもしれない」(39ページ)など、ブッシュ政権の開戦の判断に対しては、元官僚の手になるものとしては比較的思い切った表現が目につきます。
 また、著者が防衛研究所でアメリカの先制攻撃を正当化する論拠を探していた際に防衛研究所でも開戦反対論があり、その論拠はアフガニスタンとの2正面作戦が軍事的にはあり得ない判断である、アメリカが強力な軍事力を持って攻撃して簡単に勝利をおさめることになれば目標とされる国はかえって核兵器を持つ動機を強め世界を不安定化させる、アメリカが作りアメリカの力を背景に維持されている国際システムの信頼性が低下する、信頼によって成り立っているアメリカの国際的なリーダーシップが失われる等で、現実にはその通りになったことも指摘しています(42~45ページ)。
 そして日本の政権の主張に対しても、周辺事態法の国会審議での答弁のアメリカが国際法遵守義務を負っているから違法な武力行使をするはずがないという論理には首をかしげざるを得なかった(80~81ページ)、イラク戦争は国連決議に基づくものではなくイラク戦争支持の方針は従来の日本政府の姿勢とも当時の国連の大勢とも矛盾するものであった(87ページ)、大量破壊兵器がないことが明らかになった後に小泉総理が持ち出した「疑惑があることが脅威」との論法については「国同士の不信感が跡を絶たない今日の世界で、特定の国への不信感が戦争を正当化するような論理は、たとえアメリカ支持が間違いではなかったという立場であっても、使うべきではなかったと思う。そのような世界は、日本自身が望んでいないはずだからだ」(98~101ページ)、読売新聞記者がサマワの自衛隊を防衛庁と協議の上で取材しようとしたが直前に官邸から拒否された事件に関して「イギリスは、国家戦略としてこの戦争に参加しており、国民の支持を動員する必要がある。また、多くの犠牲を出していることへの説明が必要である。一方、日本は、政治的ポーズのために自衛隊を派遣している。出していること自体が目的であって国民の支持を動員する必要がない。むしろ報道が、政府に対する批判の種になることを恐れている」(119~120ページ)などの批判的な記述もあります。
 もちろん、この本の記述の大筋は政権の判断を支持するものです。ただアメリカの開戦を支持するにしても、「アメリカの同盟国である日本」というアイデンティティー以外の自己認知を持たず、今も持たないことへの疑問を感じるというような立ち位置です。「終わりに」でそのあたりが語られるとともに、2004年4月に日本人ボランティア3人が人質になった際、テロに屈しないとし人質に対しては自己責任を強調したことについて、「善意の日本国民に対するテロは許せない」というのが政府の出すべき最初のメッセージでなければならなかったのだと思う(184~185ページ)とされていることは、官邸の判断を尊重する官僚の立場でもなお各場面で別の判断・対応があり得たことを示していて興味深いところです。


柳澤協二 岩波書店 2013年3月19日発行
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