限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

惑鴻醸危:(第24回目)『アメリカに、ヒトラーの業績を称える会、設立さる!?』

2010-12-07 21:29:23 | 日記

歴史上の人物を現在から見た場合と、その人が生きていた当時の人が見た場合で、評価ががらりと変わる場合がある。例えばアレキサンダー大王を考えてみよう。現代的観点からは、彼はギリシャ文明とペルシャ文明およびインダス文明を融合させ、華やかなヘレニズム文明の創始者と見られている。また古今東西の史上を見渡しても比類がないほどに、若くして当時の全世界を統一し、大帝国を築いた偉大なリーダーであったと見られている。しかし、当時のペルシャ帝国の人達から見れば、安寧な生活を破壊し、国土を荒廃させた憎むべき侵略者に過ぎない。つまり、一方よりすれば人類に大きなプラスをもたらしたが、他方よりすれば大きなマイナスをもたらした人である。

さて、このような場合、我々は彼の業績をどのように評価すればいいのだろうか?

いろいろな歴史を読んできて私は最近次のような見解を持つに至った。それは、プラスとマイナスのどちらかに片寄って評価するのではなく、その差分で評価するのがよいと考える。それは丁度、預金と借金があるような人の財産を評価するのと等しい。膨大な借金を抱えていても、それ以上の莫大な預金があれば、差し引き大きなプラスといえる。それに反して、借金がゼロでも小額の預金しかなければ、プラスと言えどもたいしたことはない。この論法を使うと、歴史上の大悪人と言われている人も評価を考え直さないといけないケースがある。


最近、『Ig-History』という本が刊行されたが、そこに驚くべき記事を発見したという話を友人から聞いた。それはアメリカで、『ヒトラーの業績を称える会』なるものが立ち上げられようとしていると言うのだ。

この『ヒトラーの業績を称える会』の主張というのは、アメリカの第二次大戦後の発展はヒトラーのお陰だという。ヒトラーが残虐なユダヤ人狩りをしたため、優秀なユダヤ人の科学者達がこぞってドイツからアメリカへ亡命した。それが原因でアメリカの学術のレベルが一挙の向上したではないか、と言う。特に、科学技術の技術レベルを示す、ノーベル賞の自然科学3部門(物理学賞、化学賞、医学生理学賞)では、第二次世界大戦前はドイツが圧倒的な強さを誇っていたのに対して、戦後はドイツが凋落し、アメリカがドイツの立場に立った。これを、ヒトラーに感謝せずに誰に感謝したらよいのか、とこの『ヒトラーの業績を称える会』は主張していると言うのだ。
(参照: ノーベル賞(自然科学分野)の国別ランキング。 戦前の三賞の受賞者合計では、ドイツはは36人、アメリカは18人。戦後は(2008年まででは)、ドイツは32人、アメリカは209人。)

さらには、ヒトラーの功績はノーベル賞だけに止まらない。ハリウッド映画の売り上げにヒトラーは多大な貢献をしていると言う。チャップリン映画で、ヒトラーが地球儀の風船を蹴り上げるシーンで有名な『独裁者』を初めとしてヒトラーやナチスを悪役にした映画は限りなくある。とりわけインディジョーンズのような大ヒット作はナチスのような名敵役がいればこそ白熱シーンが撮影できた、と言う。

それと何と言ってもアメリカの戦後の発展はモータリゼーションに支えられてきた。そのコアになったのが、ヒトラーが作ったアウトバーンを模して作った Freeway(高速道路)である。

ところで、私はドイツ留学中に(当時の)西ドイツから西ベルリンまでヒッチハイクをして、東ドイツのアウトバーンを走ったことがある。それは、ヒトラーが作ったそのままだという噂で路面がアスファルトではなくセメントで、片方2車線、路肩はすぐにむきだしの土、中央分離帯は、かまぼこみたいに土が盛ってあるだけの至ってシンプルな作りであった。ヒトラーが建設してからすでに数十年を経過し、所々に穴ぼこがある。それも数センチというのでなく、大きいのになると30センチぐらいの穴である。それが修理されないままにされているのである。それで、運転手は常に前方の車の動きに注意して、穴を避けるよう細心の注意を払わないといけない。つまり死にたくなければ居眠り運転をするなということだ。どこかの国のように、『居眠り運転注意!』などという間の抜けた看板を出さずともよいのである。後年、アメリカに留学中、ピッツバーグ市内の Freeway にも時たま穴ぼこを見かけた。アメリカがヒトラーから受けている恩恵は Freeway だけでなく居眠り防止策にも及んでいると言えよう。

以上の観点から『ヒトラーの業績を称える会』は、ヒトラーこそが戦後アメリカ経済の牽引役であるから、今後、ヒトラーの誕生日である、4月20日をアメリカの国民の祝日にし、皆でヒトラーへ感謝すべきだと主張する。そのために、これから幅広くアメリカ国民にアピールし、祝日成立にむけて積極的にロビー活動する予定だという。友人からこういう話を聞いた私は『さすが、アメリカ人はいつも、自国を Free Country と威張るだけあって、破天荒な考えをするヤツも多いわい』と、妙に納得した次第であった。

(注:ちなみに、『Ig-History』(イグ・ヒストリー)という本はどうやらノーベル賞のパロディ版であるイグノーベルをもじった History のパロディ版であるようだ。残念ながら、現在時点で筆者はまだその存在を確認していない。。。)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする