昨日は早々と寝てしまいましたので
本日は続きをお送りします。
今日は機関車を中心に載せてみようと思います。
まずはこちら
EF58です。
ナンバーが読み取れません
窓の上には庇があります。スノープローも装着しています。
上り列車もやってきます。
こちらは庇もスノープローもありません。
そして
客レ同士のすれ違い
撮影順番の通りに並べましたから
最初の2枚の列車同士だと思います。
右側の下り列車は寝台車がつながれているようです。
茶色の機関車もやってきました。
EF57ですね。
KATOがこの機関車を始めて出した時
パンタグラフにくらっときたことを覚えています。
またまたEF58
客車列車ってこんなに走っていたんですね。
12系の上り列車
先頭の機関車はEF57でしょうか?
なにかの臨時列車でしょうか?
貨物列車もやってきます。
EF15のようです。
新しい?機関車もやってきます。
EF65 1000番台
こちらもスノープロー完備
そして赤い機関車も
赤といってもローズピンク
交直両用機EF81です。
電車だけでなく客車列車も貨物列車も
色々な機関車に引かれて元気に走り回っていました。
なんでブルトレが写っていないんだろう?
撮りに行った時間が悪かったのでしょうか?
この頃はどんな列車が走っていたのかも
よく判りません。
赤羽駅での写真、もう1回だけお付き合いください。
クーラー付いてるのに
思い思いに昇降窓開けて去っていく12系客レ・・・
季節は・・・まだ春~初夏?
もっとも、この時代は 12系が ただ新しいだけで
旧客 なんて 言いませんでしたけれど。(笑
最近EF80の絡みで、人様の画像を良く見ているのですが、ゆうづるの画像は上り列車ばっかりです。それも5時台みたいですが・・・。
なるほど、言われてみるとそうですね。
すばらしい観察力
たしかに旧客なんていいませんでしたね。
逆に10系のほうを軽量客車なんて呼んでいたような・・・・
当時あまり12系は好きではありませんでした。
あの平板な窓の並び
いまでは好きな車両になっています。
不思議です。
上野口のブルトレは夜と早朝でしたか
普通に昼間に撮りに行ったのではダメだったんですね。
かなり長い時間ホームにいたのですが。
それでも次から次へとやってくる列車に感激して
シャッターを押していたんだと思います。
懐かしい限りです。この頃は京都駅であきずに眺めていた記憶があります。小学生の頃は、京都駅構内や山陰線に蒸気もいたような。客車列車、機関車とも独特の匂いがありましたね。
小学生の頃、当時房総西線と呼ばれていた内房線で
蒸気機関車の列車に乗って家族で海水浴に行きました。
保田の民宿に泊まって、翌日は房総東線(外房線)経由で帰ってくるという。
海水浴だか、乗り鉄だかわからない家族旅行でした。
まだ蒸気機関車が都内まで足を伸ばしていた時代
懐かしい思い出です。
客車の列車、味がありますね。
1枚目のゴハチは2桁に見えますが…
寝台を併結となると…
隠密にはわかりません(^^;
EF57、これまた隠密は実物を見たことがありません。
EF15…、はて?
ヒサシもスノープロウもない、と言うことは…はて??
高二ではなさそうですね。
隠密の浅い知識では何もわかりません(^^;
機関車とか、1台づつ
違いがあるんでしょうね、
夏風もさっぱりわかりません。
でも、そこにこだわると
コレもまた、楽しいのでしょうね。
赤羽駅3,4番線、懐かしいです。
「おつかれさまでした 上野まであと10分です」でしたか。