しなこじダイアリー

日常生活のあれこれ

ファインバーグ・コレクション展

2013-07-29 07:48:04 | 美術館 博物館

                江戸東京博物館で開催されていた「江戸絵画の奇跡」は
                興味深かった。

                江戸博「友の会」で学芸員による解説を聞いた後に見学の
                予定でしたが、残念ながら解説は聞けませんでしたが、
                江戸好きのお仲間とゆっくり見学できました。

                

             江戸絵画を蒐集したロバート・ファインバーグ夫妻が初めて日本画を
             購入したのは、1972年のこと、ニューヨークメトロポリタン美術館で
             行われた南蛮屏風展を宣伝する2ドルで買ったポスターでした。
             
             それまでほとんど何も知らなかった日本の美術や歴史を初めて垣間見て
             すっかり魅了されたそうです。

                   日本美のふるさと 琳派

             17世紀初頭、京都の町人俵屋宗達により日本の古典美術復興の
             機運が高まり、その流れは18世紀初頭の尾形光琳、19世紀初頭の
             酒井抱一、そして20世紀前半の神坂雪佳へと受け継がれてきました。

                    

                           俵屋宗達   虎図

                  墨だけで描かれた虎、虎が生息しない日本では、虎を
                  身近な猫のように描くことが多い。

                  特に琳派の絵師が描く虎は、軟らかな水墨表現や丸みを
                  帯びた描写から、とりわけ優しく、可愛らしい印象となる。

                  大胆な接近構図にひょうきんな虎の顔も印象的です。

                  

                       尾形光琳     白菊・雪蘆図団扇

                 秋を象徴する菊と、冬を象徴する雪を乗せた蘆、菊の枝葉は
                 琳派の絵師が得意とした、墨の濃淡のにじみを効果的に
                 あしらった描法”たらし込み”で描かれている。

                 雪蘆図は薄茶色に枯れた葉を近泥で美しく表現し、白く雪が
                 乗っている。 
                 背景の金泥にはさまれた素地部分は川をイメージしたもの。

                 団扇絵を得意とした光琳、実際に団扇として使われたもので
                 あることがわかる、もともと雪蘆図を裏側として1本の団扇の
                 両面に貼ってあったものと思われる。

            

                    尾形乾山     百合図扇面

              二つの花を咲かせた、1本の白百合を描いた扇面画。
              百合の花は変色が進んでいるが、もともとは爽やかな色彩の作品で
              あったことが想像できる。

              この絵を描いた乾山は光琳の弟で、陶工としての仕事が主であった、
              晩年になって絵を描くようになった。

 

     

                

                   鈴木其一   群鶴屏風図

        光琳の作を源泉とする、金地に意匠化した川と鶴の群れを描いた屏風は
        琳派の画家たちに描き継がれています。

        4枚の襖絵であったと思われる、横に並べたとき、中二枚が後ろに隠れると、
        左右端の鶴が見詰め合うようになる(ちなみに左が雌、右が雄)

        独特の群青の水の流れは描き継がれ、S字状に曲げた鶴の首や繊細に描かれた
        細い足など其一の群鶴の特徴のようです、解説を聞くとまた興味がわきます。

 

                  中国文化へのあこがれ  文人画

            はじめは武家の知識人によってうながされた日本文人画の歩みは、
            町人の池大雅や農民出身の与謝蕪村など庶民によっても受け継がれ、
            日本人独特の感性をのびやかに発揮した新鮮な美の領域を開拓して
            いきました。

                

                    池大雅 
 
              中国の高士の帽子や笠にまつわる故事を描いた屏風画の一部。
              池大雅は日本文人画の大成者として知られる。
              自らの生き方と一致する中国古代の文人達に敬意と共感の心を
              込め、異例ともいえる大柄な人物像を、のびのびとユーモラスに
              描写している。
          

                      

                       与謝蕪村  竹斎訪隠図屏風
                               2曲の小さな屏風の一部

                      池大雅と並び称される日本文人画の大家
                     

                       

                         与謝蕪村   高士渡橋図

                 「笠をになって橋を渡るこの人は、仙人にも通じるような
                 世捨て人を訪れようというのだろう」と、七言絶句の漢詩を
                 記している。

                    
                        写生と装飾の融合  円山四条派

                      

                         岸駒     滝に鷲図              
                     
                    三山堂々の鷲、鋭い爪で岩をつかむ。
                    滝に沿って目を右下に移すと、そこには慌てふためいて
                    逃げる小鳥が一羽。
                    深山を背にした緊迫の一瞬を見事に表現している。

                       

                          鈴木松年    月に雲図

                 見学の時、ボールのような月に少し話題になった絵でした。
                 鈴木松年は日本画家上村松園の最初の師です。

 

                     都市生活の美化、理想化    浮世絵

            上から目線で庶民の生活相を報告した絵画は存在しましたが、 
            画家が同時代の人々の生き様を率直に写し出した真の意味の
            風俗画は、16世紀後半以降生まれました。

            京都で流行した風俗画は、浮世絵という新しいジャンルによって
            江戸で受け継がれてゆくことになります。

 

      
                

                   菱川師宣    吉原風俗図  (2枚が横につながっている)

           幕府公認の唯一の遊郭、吉原の揚屋の光景を描いたもの。 揚屋とは
           吉原にやってきた客が高位の遊女を遊女屋から呼び寄せて、酒宴を開いたり
           遊女と一夜を共にする施設である。

           画面下には勝手口より揚屋に入る遊女の様子、揚屋の台所における調理
           風景、そして上の絵は遊女と客の床入りの様子となっており、3場面を
           巧みに一画面にまとめて描く。

           師宣は吉原の風俗を画題とした絵巻や屏風などの作品を複数残しているが、
           この作品は師宣自身の手による特別注文品と考えられる。

         

   
             
                       

                       菱川師平     花見遊楽・吉原風俗図屏風 (部分)

            花見風景の部分では、今も昔も変わらない桜の下での遊興振りが
            展開する様子が描かれています。

            屏風や掛け軸など、組となる作品に季節を描き分けたり、それぞれに
            江戸名所を当てはめた画題は、江戸時代を通じて好まれた。

           

                    英一蝶     若衆と遊女図

            遊女に杯を差し出す若衆。  向き合う二人の間には、親密な距離感以上に
            濃密な空気を感じることが出来る。

            このような濃彩で、男女二人の姿のみを描いた浮世絵の作品は珍しく、
            特別注文品と思われる。

           

                 懐月堂安度     遊女と禿図(かむろ)図

            脇息に寄りかかってくつろぐ遊女と、遊女の世話をする禿を描く。
            よく見ると禿は左手に小さな香炉を持っており、薄く煙が立ち上っている。
            遊女は右手を差し出して香炉を受け取ろうとしているようだ。

                        

                         松野親信  立ち姿美人図

               懐月堂に強く影響を受けた美人図。 メリハリのある描線、大胆な
               着物の柄、すっきりと胸を反らして立つ姿は、懐月堂派の特徴を
               受け継いでいる。着物の描写も共通する。

                      

                       歌川豊国(初代)  
                         三代目瀬川菊之丞の娘道成寺図

               歌舞伎舞踊の演目のひとつ「娘道成寺」の舞台を描く、「娘道成寺」は
               安珍という若い僧に裏切られて怒りのあまり大蛇と化した清姫が、
               道成寺の鐘の下に逃げ込んだ安珍を、そのまま焼き殺してしまった
               という伝説によるもの。

               ここに描かれるのは、その後新たに造られた鐘の下で踊る、清姫の
               怨霊が化けた白拍子の姿である。踊っているのは三代目瀬川菊之丞。
               豊国は役者絵の名手といわれた絵師である。

                  

                      

                        歌川広重   隅田河畔春遊図

                  桜の季節の隅田川の渡し場付近を描く。 周りの景色から
                  隅田川東岸の桜の名所、三囲稲荷(みめぐりなり)前の
                  竹屋の渡界隈であることがわかる。

                    

                      葛飾北斎    源頼政の鵺(ぬえ)退治図

               平安時代末、夜な夜な一群の黒雲とともに不吉な泣き声で御所を
               おびやかす怪鳥がいた。
               源頼政が命を受け、見事に射落とした話が「平家物語」に出てくる。

               その名場面で北斎は怪鳥を直接描くことはせず、頭上から射す
               二筋の赤い光線で暗示した。   
               意表をつく構成が、頼政の雄々しさをクローズアップしている。

                         *   *   *

               江戸時代の日本絵画は、政治的な権力を握っていた武家政権と、
               文化的な権威をなお保持していた宮廷や有力寺社とが、専属の
               画家集団を雇って彼らの権力と権威とを厳かに、また華やかに
               荘厳させていた。

               その一方で、経済活動や農村経営で富を築くようになってきた
               都市の町人や、田園地帯の農民は、彼ら庶民の率直な美意識や
               嗜好を代弁してくれる在野の独立した画家たちを支持し、育成
               したのであった。

               ファインバーグコレクションは、そうした上下二層に分かれた
               江戸時代絵画の中にあって、時代を通して自由な絵画表現を
               競い合った後者の絵画を中心に形成されている。

 

               ロバート・ファインバーグ氏とその妻ベッツィーさんは、米国在住で
               日本の江戸時代絵画を格別に愛する数少ないコレクターに属して
               いる。
               中でも個性的な画家による自由な造形を好み、中国や西洋など
               外国の影響を可能な限り排して日本人としての感性を存分に
               発揮した作品を偏愛し、尊重してきた。
               鋭い審美眼と日本的な美意識の感受能力は素晴らしい。
               

 


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