しなこじダイアリー

日常生活のあれこれ

親鸞めぐり旅  ー上越・直江津ー

2011-09-11 16:02:10 | 旅行

                4月に「親鸞めぐり旅」 ー誕生の地 京都ー から始まり、
                専修念仏禁止の弾圧により越後に流刑となった親鸞が
                京都を発ち、越後で上陸した居多ヶ浜とそこでの生活など
                知りたくて直江津に行くことにしました。

 

                

                    居多ヶ浜(こたがはま)の高台の小道を行くと

 

         

         流罪となって僧籍を奪われた親鸞が上陸したと言われる直江津の居多ヶ浜。

         9月5日、この日は台風の余波で風も強く、時折雨が降る日でした。
             

 

               

                      居多ヶ浜に上陸したときの親鸞は35才

 

 

               

                      念仏発祥の地の石碑もあり

 

 

               

                   高台に「見真堂」(けんしんどう)がある

 

 

               

             聖徳太子が建てた法隆寺夢殿にならって八角形に作られたという

 

 

               

              堂内には親鸞の座像が安置されている(少し厳しい表情でした)

 

              親鸞も聞いたであろう波の音に耳を傾け、海風に吹かれながら
              ゆっくり思いを馳せられるところです。

              高台から居多ヶ浜が一望できる場所なのです。

 

 

               

               ここにも”片葉の葦” 風になびいて寄っているのではなく、
               片側にしか葉が無いのです。               
              (越後の親鸞七不思議のひとつ、いわれは居多神社で説明します)

 

               直江津からバスの回数も少なく、静かな場所のはずが、
               観光バス2台の年配の女性ばかりの団体に遭遇!
                 (私が入ってもわからないような年代のグループ)
            
              乗り物の回数も少なく、都合でこちらに行く前に、信越線列車で
              降りた駅からタクシーでなければ行けない「ゑしんの里」で出会い、
              さらに信越線の別の駅から行くお寺さんでも出会っていた団体
              だったのです、ですからここは3度目、旅行社の人らしき男性が
              ”行く先々でお騒がせしてすみません”と声をかけられました。
              こちらは1人旅ですから、気がついたのでしょう。
              

 

                    

                    石川県のお寺の信者さん達のようでした

 

              親鸞の越後、居多ヶ浜で1人静かに、とはゆきませんでしたが
              1207年春上陸した親鸞は、越後でどのような生活を送って
              いたのでしょうか。

              上陸した親鸞が、まず参拝したといわれる、越後の一の宮である
              居多神社にいってみました。

 

 

           

              居多ヶ浜から6~7分のところの「居多神社」

 

                 

                        二ノ鳥居の奥の社殿

 

 

                 

                          親鸞聖人像

                 親鸞は海面に輝く夕日を見ながら日の丸に6字の名号
                 (南无阿弥陀仏)を書き、歌を詠んだといいます。

                   すゑ遠く法を守らせ居多の神
                        弥陀と衆生のあらん限りは

                 神社にはこの親鸞自筆と言われる「日の丸の名号」が
                 伝わっている。

 

           

               また親鸞が神社に祈願すると、周囲の葦が感化されて、一夜にして
               片葉になったという話が残る。

               現在も神社に群生して親鸞の威徳を伝えている。

 

 

                 

                    居多神社に800年の年を経て伝わる”片葉の葦”

 

                 一般的に流人は、1年目は米や塩が与えられるが、その後は
                 種のみ与え、自給自足の農耕生活を送らなくてはならないと
                 されている。

                 だが親鸞には要職を務める伯父や、越後に影響力を持つ豪族の
                 義父がおり、援助を受けることができたようだ。

                 一方で尊敬する師・法然や、切磋琢磨してきた同士たちから
                 引き離された悲しみや苦しみはいかばかりであっただろう。

                 しかしそうした孤独が親鸞を鍛え、自己に沈潜する契機となる。