故郷≪新潟≫の日々

満65歳で中国・黒龍江大学を定年退職した後、生まれ故郷の新潟に戻り、日々の生活を写真とともに日記風に綴っていくもの。

No.707 「戸隠神社」のお話。

2015年12月08日 | 日記

私は先日、長野県長野市にある「戸隠神社」へ初めて参拝してきた。「戸隠神社」という名前は知っていたが、それが「戸隠神社 奥社(おくしゃ)」「戸隠神社 九頭龍社」「戸隠神社 中社(ちゅうしゃ)」「戸隠神社 火之御子社(ひのみこしゃ)」「戸隠神社 宝光社」の5社もあることを、現地に来て初めて知った。これらの神社が1箇所にまとまっているのではなく、かなり広範囲に分散して建立されている。

 

私は最初に一番標高の高い場所にある「戸隠神社 奥社」を参拝することにした。「奥社」の駐車場の入口で係員にお聞きした。その説明によると「奥社」まではそんなに時間はかからない、ということであった。少し歩いた“大鳥居”の脇にある「熊出没 注意」と書かれた看板が目に付いた。参道の両側を見ると熊が大好物としている“熊笹”が繁茂していた。

 

公的機関の長野市が立てた看板である。私は気を引き締めて参道を歩き始めた。約15分歩くと“隋神門”に到着した。ここから参道の両側には樹齢約400年の見事な杉並木が続いていたが「奥社」の姿は全く見えなかった。杉並木を見ながら段々と幅が狭くなっていく参道を20分ほど歩くと石の階段が目に入ってきた。この急な階段を10分ほどで登りきるとようやく「奥社」にたどり着いた。

 

この日「奥社」では“新嘗祭”の行事が開催されていた。幸運にも「奥社」の左隣りが「戸隠神社 九頭龍社」であった。2つの神社のそれぞれの拝殿で私は「家内安全」と「旅の安全」をお祈りした。参拝後、再度約45分かけて真っ直ぐな参道を下り始めた。往復約2時間弱、足腰の鍛錬には最適な場所でもあった。

 

「熊出没 注意」と書かれた看板が目に付いた。

参道の両側を見ると熊が大好物としている“熊笹”が繁茂していた。

戸隠神社「奥社」では“新嘗祭”の行事が開催されていた。

 

 

 

 

 

 



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